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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
アルテミスの弾丸
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第7話

『やめておけ』


 ボーンに伸ばした右腕が何かに捉えられ、俺は頭をテーブルに叩きつけられた。重厚な木のテーブルに僅かなヒビが入るほどの衝撃が走り、思考がスパークする。


「おいおい今のは完全に殺る気だったろ? 止めてくれよ、言い訳のしようがない」


 君塚源三は軽口を叩く。しかし俺の頭を拘束している右腕は今にも握り潰す程力が加えられ、ピクリとも動かせない。右腕と頭はおっさん、左腕を志織に拘束され、俺は完全に身動きが取れない状況にされていた。


「おっさん、そろそろ手をどけてくれよ。正直頭蓋骨割れてるかどうかが心配なんだ」


「これ以上事を荒立てないってんならどけてやるよ。俺はある意味でお前を信用しちゃいるが、同時にお前がこれまでしてきたことを水に流せるほど心は広くねえ。このまま握りつぶした方が得だって思ったら、悪いがリンゴジュースになってもらうぞ?」


「素手で頭蓋骨割ろうとするなんて恐ろしすぎて漏らしちまうよ。了解、分かった、何もしない」


「その根拠はなんだ?」


「『ボーン捜査官殿にちゃんと理解してもらえた』からな」


「……なるほど、分かった」


 俺の言葉にしばし逡巡したおっさんは、拘束していた手を離した。


「まったく、本当に割れたかと思ったぜ」


 未だに頭はズキズキと脈打ち、その衝撃の威力を物語っていた。


 あの瞬間、俺は確かにボーン捜査官を殺そうとした。殆ど反射的な動き、顔の周りを飛び回る蚊を退治する程度の意識。本来なら、ここにはボーンの死体が転がったはず。


 だが事実、俺は抵抗すらできずに組み伏せられた。君塚源三、実際に手合わせしたことは無いが、風貌どおり一筋縄では行かない相手だということが確認できた。


「…………」


 目の前に座っていたボーン捜査官は、いつの間にかソファーより奥の場所で尻餅をついていた。高そうなスーツは乱れ、整えられていた髪は強風に煽られたように荒ぶっている。


 先ほど俺の言葉を聞き、おっさんが納得したのはこの捜査官の姿を見たからだ。


「あんたがオリュンポスに首突っ込むのは勝手だ。ただ、やっちゃいけない事をしっかりと見極めないと、命がいくつあっても足らないぞ? 切り札だったんだろうが、そいつは同時にあんたの首も絞めている。そのことをよく理解しておくんだな」


 俺の行動はその切り札を肯定している事に他ならない。だがそれはもう仕方が無い。殺そうと思ったのも条件反射的なものだ。もはや組織と縁を切った俺には関係ない。ただここで捜査官が『勘違い』してしまえば、明日の早朝のニュースは決まったも同然だ。


 人知を超える魔弾は、確実にその心臓を貫く。


「さて、じゃあもう終わりでいいよな。これ以上話し込んだら冗談じゃすまなくなる」


「そうみたいだな。ボーン捜査官、悪いが話はここまでだ。どれだけ協力できたかは分からんが、こっから先は自己責任で頼むよ」


 おっさんは倒れている捜査官に手で差し伸べる。


「ど、どうやらそのようだな」


 声を震わせながら、捜査官はおっさんの手を使わずに素早く立ち上がった。流石にFBIの捜査官、生と死の狭間を経験させてもまだ立ち上がる余力はある。


「さて、じゃあ俺は捜査官を外まで送りに行くわ。お前らはお前らでちゃんと裏から出てけよ?」


「はい、了解しました」


「言われなくてもそうするよ」


 敬礼する志織の隣で欠伸をしながら答える。わき腹を小突かれるかと思ったが、そんなことは起きなかった。


 おっさんが顔を引きつらせたボーン捜査官と一緒に部屋を出て行く。


 主のいなくなった一室。しんと空気が静まり返る。


「あんた、本気だったの?」


 中々帰る素振りを見せなかった志織は、搾り出したような声で言う。


「本気で殺そうとしたの?」


 希望と絶望。愛情と憎悪。それら正反対のものが入り混じったグシャグシャな顔。


 全く同じ表情をつい先日見た気がした。


 突きつけられた事実を信じたくなくて。


 すでに直感で理解しているのに。


 すがる思いで否定してもらいたいと願う顔。


「あぁ、あのままおっさんが止めなかったら殺してたよ」


 あの時と同じ、俺は嘘偽りのない事実を述べた。


「…………そう」


 深い沈黙の末、志織は納得の言葉を口にした。その脳内でどれほどの苦悩と葛藤があったのか。


 俺にはそれを知る事はできない。分かる事は志織が本当に納得したわけでは無い事。形だけでもそう繕わなければ、全てが壊れてしまいそうなほど脆い精神で何とか感情を繋ぎ合わせたということだ。


「別に俺は歩いて帰ってもいいんだが?」


「いい、私が送るわ。神代、また車借りるわよ」


「え? は、はい! どうぞ!」


 それまで置物のように突っ立っていた男、神代は慌ててイエスマンになる。先ほどの騒動の中で、存在感がまるでなかった。


「そんな辛気臭い顔してる人間に運転任せる気にはなれないんだが?」


 神代に送ってもらった方が安全に帰れるんじゃないかと思う。


「いい、私が送るわ」


 どうやらそこは引けないらしい。さて、何事も無ければいいんだが。

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