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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
アルテミスの弾丸
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第6話

「にわかには信じられませんな」


 話を聞いた後の捜査官殿の第一声はそれだった。無理もない。大怪盗グラウクスを逮捕したと思ったら、それは幼い頃に夫に連れらされた息子だった、というのだから耳を疑ってしまうだろう。


「DNA鑑定も済ませてあります。信じがたいことだと思いますが、事実です」


 そう言っている志織も、この事実を認める事に多くの時間がかかった。娘の志保が生まれて間もなく親父が俺を連れて姿を消し、十五年も経っていたのだから仕方がない。


 その志織の意識を変えたきっかけは志保だった。グラウクスの正統な後継者である志保は、世界の真偽を見極める眼を持っている。その志保の眼を持ってすれば、俺が実兄だと見抜く事は容易かった。尤も、だからと言ってすぐに慣れてくれたわけでなかったが。


「信じましょう、とここで言ったところで、まだ私の中で整理が出来ていないのが事実です。ですが先ほどこの者が言ったキャシー・ブラウンについて、確かに私の方でもオリュンポスの人間だったことを確認しています。これは我々の中でも知っている者は一握りです。つまり我々の仲間でないボーイがそれを知っているという事は……」


 思考を言葉に出してまとめようとするボーン捜査官は、


「お話いただいた内容も含めて、このボーイがグラウクスないしオリュンポスに所属していた何者かという推測には筋が通ります」


 捜査官は正面に座っている俺を険しい顔で睨みながら、渋々と言った。


「ただ今現在の処遇に関して、私の立場としていくつか申し入れしたい部分があります。後日、正式に文書としてお送りしますのでご考慮することを願います」

 

 ボーンの隣にいるゴリラは頬をかきながら、俺の隣にいる志織は背筋を伸ばしながら頷いた。だが、これで一定の理解は得られた。


「あんたもこのまま手ぶらで帰っても、どうせ長官にどうやされるんだろ? だったらここに賭けてみてもいいんじゃないか?」


「流斗、無駄口はやめなさい」


「おーこわこわ。まぁ俺が素直に口を割るかどうかは保障しないけどな。んで? 実際何の話なんだ?」


「貴様には何点か確認したいことがある」


 ボーイ呼ばわりから貴様に変わったのは、捜査官の中で少なからず俺をただの小僧と認識しないという意識の現われだろう。


「ワシントンで起きた射殺事件の事は知ってるか?」


「今朝テレビで見たな。国務次官の長距離狙撃だろ?」


「そうだ。それを我々はオリュンポスの犯行という線で捜査をしている」


「その根拠は何だ?」


 確かに犯罪の大本を辿ると組織に行き着くというのはありふれた話だ。しかし被害者である国務次官は、中東でのエネルギー開発で相当あくどい行為に手を染めているとも言われている。過激派のテログループに狙われていても不思議では無い。それを教えてやる義理は無いが、ここで何の根拠もなく組織を疑っているのなら、話はそれまでだ。


「狙撃位置だ」


 そう言ってボーン捜査官は地図をテーブルに広げた。


「ワシントンのダラス空港は周りを林が囲っている。今回射殺された東ゲートも付近には隠れ蓑になるようなビルもなければ、スナイパーが潜伏できるような場所は全て潰していた。加えて柱等の遮蔽物が多く、当時は天候も荒れていた」


「狙撃するには条件が悪いな」


「だが成功した。弾丸の着弾点から割り出した狙撃位置がここだ」


 ボーン捜査官は空港の東ゲートに○印を書き入れ、そこから北東に少し進んだ場所、二キロメートルほど先の地点に×印を付け加えた。


「ここには数棟だがビジネスビルやホテルが存在している。条件だけで言えば、ここから狙撃された可能性が高い」


「だったらそうなんじゃないか?」


 可能性を精査してありえない物を除外した結果、残った物が真実になるとシャーロック・ホームズも言っている。


「二キロメートル先からこの悪条件で、『貴様』は可能だと判断するか?」


「何を聞きたいのかと思えば、そんなことかよ」


 二キロメートルというのは、狙撃の中でも異次元の距離である。弾薬や狙撃銃などを厳選すれば有効射程が二・三キロメートルほどになる物もあるが、所詮は理想値であり実測値とは程遠い。一キロを超えると地球の自転すら考えないといけないなど、スナイパーが仕事を成功させるには多くの問題が付き纏っている。


 度々長距離狙撃のギネス記録更新がニュースになるが、気温や湿気、風速など好条件が揃った時でないとそのような記録は絶対と言っていいほど生まれない。ましてや遮蔽物が多く、天候が悪化している状況でなど満足な狙撃が出来るわけが無い。


 まさに神業。つまり今ボーン捜査官が聞きたい事はこうである。


『オリュンポスの中に、この神業を成功させる化け物が存在するか?』


 中東のテロリストがまぐれで成功させるとは考え辛い。ともなれば、犯罪のエキスパートであるオリュンポスに疑いの目がかけられることは至極当然のことである。


 そして俺の答えも決まっていた。


「出来る奴は……いる」


「素直に口を割るつもりはなかったんじゃないのか?」


「いると言っただけで、それが真実かどうかを見極めるのはあんたの仕事だ。とは言っても、ここでいないと答えてもあんたは信じないんだろうけどな」


 結局は出来レース。こいつは最初から「いる」と決め付けて質問しているに過ぎない。自分の望む答えしか信じない質問に、意味などあるはずが無い。今までの会話に意味などない。


「そいつは誰だ?」


「意地汚いな。どうせあんたの方である程度の目星はついてるんだろ?」


「ここまでの神業だ。ともなれば上級幹部、それこそアルテミスに連なる何者か。私はそう睨んでいる」


 オリュンポス最高幹部、十二柱の双角。アルテミスは暗殺を生業としている存在である。彼らの目を見た者は心臓を射抜かれ、彼らに触れた者は容赦なく首を飛ばされる。オリュンポスきっての、人殺しに長けた存在である。


 なるほどこの案件、最悪とも言える条件の中で狙撃を行ったとするならば、人外の領域に生きる魔物の仕業にするのが納得しやすいわけだ。


「確かに、あんたの言うとおりだ。奴らならコーヒーを啜りながら片手で射抜くことすら容易いだろうよ。良かったな、犯人が特定できたぞ」


「とぼけるなグラウクス。そこから先の思考に、私が達しないとでも思ったのか?」


 俺の言葉が癪に障ったのか、ボーン捜査官の口調が荒れた。


「わざわざ最高幹部が直々に暗殺する価値とはなんだ?」


 会話を始めて数分、やっとボーン捜査官は「本当に聞きたい質問」を投げかけてきた。殺したのがオリュンポスと断定している時点で、ボーン捜査官は犯人探しをしている訳ではない。何故国務次官がこの悪条件の中、暗殺されたのか。聞きたいのはそこだ。


「さぁね、何しろ俺が組織にいたのは一年も前だ。それだけ時間があれば情勢はいくらでも変わる。それに他の部署の状況をいちいち確認するわけがない。残念だが、お前の知りたい情報を俺は持ってないよ」


「国務次官が中東で行っていた事は調べがついている。その報復か?」


「あぁうん、それだよそれ。中東の報復。いやーあいつ相当あくどいことしてたからね。もうホント、俺ですら身の毛がよだつ様な仕業を」


「…………」


「それこそ、王様かってくらい独善的に」


「これが『ゼウスの意思』か?」


 俺の思考は一気に冷え切った。


 次の瞬間――

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