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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
アルテミスの弾丸
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第4話

 その時、ちょうど内線の電話が鳴り響いた。近くにいたあーやが素早く受話器を取る。


「はい、学芸特殊分室君塚です。はい……はい、今ここにいます。分かりました、すぐに向かわせます。はい、それでは失礼します…………依頼です。結崎君、今すぐ校門に向かってください」


 受話器を置いたあーやは間髪いれずに言う。


「ヤ」


「ヤダじゃない、行きなさい」


「まだ何も言ってない。『やってやるぜ!』かもしれないだろ?」


「ならむしろ早く行きなさい。やる気満々なんでしょ?」


 本当に最近あーやの揚げ足取りが上手くなった気がする。まぁこの書類の山から逃げられるだけでもマシであるか。


「書類は帰ってからお願いします」


「ですよねー。んで何の依頼だ? てか誰から?」


「え、っと生徒指導の織田先生です。校門に行けば分かるそうです」


 中年太りした陸上部の顧問を思い出す。特に接点は無いはずだが、不明瞭な話は何か嫌な予感がしてならない。まさか書類の方がマシってこともありえるか?


「急ぎの用件だったようなので速やかに向かってください」


「はいはい分かりました、行きます、行きますよ。行けばいいんでしょ、行けば」


 あーやの汚物でも見るかのような視線を受けながら、俺は分室を後にした。


 ちょっと離れた昇降口で靴を履き替え、どこかしらの宮殿を思わせる校門をくぐる。


 このタイミングで、今更ながら俺の危険察知センサーが最大級の警報音を発した。


「お、ちゃんと来たわね」


 校門の前には「あぁ確かに織田って教員はこんな顔していたなぁ」という小太りの男と、一台の灰色のセダン、トヨタクラウンに寄りかかる一人の女性の姿があった。


 ショートの黒髪、力強く凛々しい目元、端整な顔立ちと抜群のプロポーションは着ているスーツでよりよく映えて見える。


 我が実母、結崎志織の降臨である。


「本人が来たんだから俺は戻るぞ」


「ありがとうございます。織田先輩」


 「まったく、実の息子を呼び出すのに俺を使いやがって」とぶつぶつ言いながら織田教員は校舎へと戻っていく。


 その流れに俺も便乗する。


「帰るんじゃないわよ」


「ざけんな! こんなの聞いてねえよ! 嘘つきだ! 泥棒の始まりだぞ!」


「言ったら来ないでしょあんた。ていうかあんたの口から泥棒ってやめなさい」


「うるせぇばーかッ!」


「いいから乗りなさい。これはあんたの定期カウンセリングも兼ねてるの。乗らないと牢屋にぶち込むわよ? 番号で呼ばれて、簡素な食事だけのひもじい生活の始まりよ」


「……さっさと連れて行け」


 あんたと関わるならそっちの方がいい、という言葉を俺は飲み込んだ。本来の立場ならそうなっているのが普通であるし、その程度の処遇で音を吐くような鍛え方はしていない。


 だが『今の情勢』で、自分が世間から隔離された存在になる事に対するデメリットを考えた結果、断ると言う選択肢は取れなかった。


「素直なのが怖いけど、来るのなら文句は無いわ。乗って」


 俺が助手席に乗った事を確認すると、志織はエンジンをかけて車を走らせた。


「どこへ連れてくんだ?」


「警視庁よ」


「今更俺を取り調べしようってか?」


「確かに今回はグラウクスとしてのあんたを呼び出しているわけだけど、別にあんたの捜査をするわけじゃないわ」


 大怪盗グラウクス。国際犯罪組織『オリュンポス』の中でも一際有名であるその存在は、昨年の夏にこの結崎志織によって逮捕されるに至った。その後グラウクスは刑務所で裁判が開かれるのを待っている、と報道されているが、その実情は本来の戸籍である結崎流斗として生活を送っている。


「前にも言ったが、組織の情報は売らないぞ」


「私たちは分かってる。でもあちらはそうじゃない」


「あちら?」


 含みのある言い方だが、志織はそれ以上口を割るつもりはない様で、


「学校生活はどう?」


 形だけのカウンセリングを開始した。


「どっかの誰かさんが余計な事をしてくれたおかげで、毎日が雑務だよ」


「こう言ったら職務怠慢だけど、あんたなら逃げようと思えば逃げられるでしょ? それをしないって時点で、私だけのせいにするのは違うんじゃない?」


「ただの気まぐれだ。今の内に首輪つないでおかないと、本当に後悔させるぞ?」


「あんたみたいなタイプは多少遊ばせていた方がいいのよ。まともに相手するとこっちが余計疲れるし、あんただって面倒な問題起こすほど馬鹿じゃないんだから」


 舐められていると分かっていても、何故か聞き流すことができない。理性では認めていないだけでも、本能では母親という存在に完全に呑まれているのかも知れない。初対面の時はあれだけ警戒されていたのに、今では片手間でからかわれる始末だ。


 生物的な血の呪いという厄介な首輪は、既に俺につながれている。


「影宮君だっているし、絢音ちゃんだってね。そうそう、絢音ちゃんと上手くやってる?」


「もうキスまで済ませた」


「そう、なら良かった。避妊はちゃんとしなさい」


 あっさりとあしらわれる事に、もはや怒りすら湧いてこない。


「もうどこへでも連れて行きやがれ」


 俺の言葉に、志織は楽しそうに笑った。


 顔パスで警視庁の検問をくぐり、裏口から上階を目指す。流石に一般の警察関係者と俺を鉢合わせる訳にはいかないのだろう。


「さて着いたわ」


 分かりやすい遠回りをして、志織は警視総監室の前で足を止めた。


「今度はおっさんに会えってか?」


 一年前、逮捕された俺は警視総監とも面会したことがある。一言で言えば豪快な親父である。面会の時もアホみたいに笑っていた印象が殆どだ。


「娘さんとキスしてるんなら今の内にご挨拶しておいたほうがいいでしょ?」


 そして現警視総監である君塚源三は、あーやの実の父親である。


「この間娘さんと一発やりましたって言ったらどうなる?」


「骨の二、三本は覚悟しておくことね」


 ゴリラみたいな体格に殴られでもしたら、いくら俺でも軽傷じゃすまない。


「まぁそんな悠長な事言ってる場合じゃないんだけどね」

 

 諦めに似たため息をつきながら、志織はドアを三回ノックする

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