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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
アルテミスの弾丸
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第3話

「帰って良いか?」


「ダメです」


 俺の言葉に、あーやこと君塚絢音は分かっていたとばかりに即答した。分室へと出勤した俺の目の前には、机の上でいくつもの山を築いている大量の書類があった。一日休みを貰っただけでこれである。


「どんだけ問題が起きてんだよこの学校。それとも慢性的な人材不足か?」


「そのどちらもです」


「救いがねぇなマジで」


 分室、学芸特殊分室は私立栄凌学園内に存在する組織の一つである。生徒の生徒による生徒がよりよく学園生活を送るために活動する事を目的とする、という大層な看板を掲げているが、早い話が生徒のお悩み解決のために学校側が設置した便利屋である。

 

 生徒数が五千人に及ぶ超マンムス校である栄凌学園の悩みを一手に引き受けているため、たとえ夏休みの一日空けただけだとしても処理する雑務は大量に発生するわけだ。


「問題発生因子のギルドがなくなったってのに、なんでここの奴らはこうも問題を生むのかね?」


「今まで報酬を払ってギルドに解決してもらった問題を、どうにか分室に解決させようとあれこれ工作している案件がいくつかあります。単純に、ややこしくて難解な依頼が新しく舞い込むようになった、ということです」


 分室をボランティアと称するなら、ギルドは本当の意味での便利屋という存在だった。報酬次第で犯罪行為にも力を貸すギルドは、長い間栄凌学園を陰で支配していた。そして俺たち分室は紆余曲折の果て、当時ギルドの長だった支倉遼一を失脚させる事に成功した。


 頭を一瞬で失ったこと、また中核を握っていた存在の裏切りも重なり、ギルドは一瞬で崩壊した。支倉に関しては当初の予定通り、留学という名の追放の旅に出てもらった。もはや地位の全てを失い、学校を離れるのが一番の療養だと勝手に思っている。


 敵対組織であるギルドの崩壊により学園に平和が戻った。


 と言えば聞こえがいいが、実際のところそう簡単ではない。大きすぎる力が一瞬で消え去る影響は決して小さくない。ギルドと言う権力を盾に横暴を繰り返してきた擬似的強者たちはその力を失い、中には迫害に近い扱いを受けた者もいると聞く。


 勧善懲悪を建前とした粛清。今まで虐げられた恨みは、より大きな流れとなって学園を包んでいく。今では旧ギルドの構成員が分室に亡命してくることすら冗談ではなくなっている。分室には、ギルドを解体させた責任を取る義務があるわけだ。


「また翻訳作業かよ。おい周防、お前中国語やれよ」


「ふざけんな、なんでお前の仕事を俺がやらないといけないんだよ」


 書類の山を越えた先、俺の対面の席に座っているツンツン頭のやんちゃボーイは、見るからに分かる柄の悪さからの怒声を響かせる。


「あと俺は先輩だぞ、敬語を使え!」


「ごぉめぇんなぁさ~い、あんまり慣れてないんですぅ。よろしく頼みますよぉ、すお~せんぱ~い」


「んな気色悪い声音で言うなッ! 止めろ! 寒気がする!!」


「自分から要求しておいて散々な言い草だな。これだから周防は困る」


「周防君。下手に変な要求はしないことです。この人は外聞など気にすることもないので、要求したこちらが馬鹿を見ますから。できないだろ、とこっちが思っていればいるほど、この人はどこまでも付け上がります」


「よく分かってるじゃないかあーや。結婚してくれ」


「あなたが十八歳になったら考えてあげますよ。いいから仕事をしてください」


 俺の言葉に眉一つ動かさないあーや。相当俺の扱いに慣れたと見える。ちょっと前ならば「な、何を馬鹿な事言ってるんですか!? 結婚の意味を分かっているんですか!?」と慌てふためいていただろうに。


「という風にあしらえば勝手に大人しくなりますから、基本言動は無視の方向で良いと思います」


 もしかして扱いが雑になっただけだったりして!?


「それに周防君はこれから出てしまうのであなたの代わりはできませんよ」


「外回りとは下っ端も板についてきたな」


「ちげーよ! 俺は花火研究会に助っ人を頼まれてんだよ!」


「なんだその花火研究会ってのは? いや意味は分かるが、需要あんのか?」


「今度駅前で夏祭りがあるだろ? 実は……いや、こっから先は言っちゃいけねえ約束なんだ」


「大丈夫だ、気にするな」


「悪りぃな」


「その研究会にもお前の仕事内容にもさほど興味は無い」


「まぁ、そう言うと思っていました」


 というかもう花火、夏祭りときたら誰でも連想できるだろうに。


「そういや今日は室長がいないんだな」


 頬をピクピクさせている周防を無視して分室の本部、入り口の正面にある大きな執務机に目をやる。大体今のあーやのタイミングで話に参加するのだが、今日はその姿がない。


「今日は少し遅れてくるとの連絡がありました」


「ハッ! 重役出勤とはここも底が見えたな!」


「重役も何も影宮室長はここのトップですが?」


 ぐうの音も出ない正論である。


「室長がいないからと言って怠惰は許しません。午前中にはその山を捌いてください」


 俺に忠告している間にも、あーやは依頼の一つ一つをPC上でチェックしている。依頼はほとんどが分室依頼アプリで投稿されているため、データで管理がしやすい。パソコンに何かと強いあーやがその記録、管理を担当している。その姿は敏腕のキャリアウーマンそのものだ。


 恒例の軽口の叩き合いも終わったことだし、俺も作業に取り掛かる事にする。

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