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掌編集

バスの中

作者: 篠宮 美依

 いつも通りバスに乗り込んだ。今朝は大雨だったこともあり、いつもに増して、帰りのバスは混んでいた。前向き座席のバスの中、何とか席に座った私は、荷物を膝に置き直し、誰かが隣に座れるように体制を整えた。座るのに精一杯で、抱えていた荷物が隣に置きっぱなしになっていたからである。

 すると、人混みの中で、一人の男子高校生が、声をかけてきた。あぁ座るのかと思いさらに奥へ詰めたが、その口から聞こえた言葉は初めて耳にする言葉だった。

「すみません。荷物、置かせていただいてもいいですか」

 快く承諾した私は、正直大変驚いていた。彼は左肩に大きなエナメルバッグを、右肩にサブバッグをかけ、いかにも重そうにしていたのである。そして自分自身、大荷物で座れない時は、何も言わずに空いている席に荷物を置くことがあった。わざわざ声をかけてくるとは思わなかったのだ。

 やがて人が減り、私の前の席が空いた。周りには既にほとんど立っている人は居ず、彼は荷物を手に、再び私に声をかけた。

「ありがとうございました」

 しっかりお礼を残し、彼は私の前の席へ腰掛けた。

 私は声をかけてきた、彼の制服と、その手に握られた整理券を思い出し、よく頑張っているなと感心してしまった。彼の制服は、駅から1時間弱掛かるらしい、少し遠い公立高校のもので、彼は定期券を持ち合わせていないようだった。おそらくは今朝の大雨の影響で、自転車が使えなかったのだろう。けれど、自転車で通うには、その高校は遠すぎる。たまたま定期券を持っていなかったのだろうか、私は様々な思考を巡らせていた。

 やがて、私の降りる停留所よりも駅に近い停留所で、彼は降りていった。その姿を見ながら、今の高校生も侮れないと、ただ感心するばかりだった。

 その姿を見て、普段からバスを利用する身でありながら、お礼の言葉を口にしたことが殆どない自分自身に、私が少し恥じらいを感じていたとは、その男子高校生は気づいてもいないだろう。

 彼のような若者がいる限り、世の中もまだまだ大丈夫だと、私は信じたいと思った。

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