コクイ
「あーさいてー」
ポタポタと落ちる血に、うんざりしたように呟いて背中を壁に預けた。
しくじりなんていつ以来だろう。
任務途中にほかに気を取られるなんて、ありえない。
「まだ、心があるんだな」
自嘲気味に零した言葉。
独り言だ。
これだけ手を汚してきて、今さら暖かいものを抱きしめられるとは思わない。
それでも、欲しいものはあるんだ。
「あーぁ。馬鹿だねぇ」
不意に角から現れたのは黒衣。
気配も見せない神出鬼没。
見知った、大嫌いなヤツ。
「なんでいるんだよ」
「オマエのアホ面おがみにきたのさ」
本当、超がつくほど、馬鹿だよ-くつくつと笑う黒衣は、そう云って
「だーッ 触んな!!」
左手を摘み上げる。
「どうせ直ぐ良くな」
黒衣が傷口に口をつけた途端に血が止まった。
それが黒衣の力。そして、
「カシを勝手につくってんじゃねぇ!!」
「ま、三倍で返せよ」
「!? ふざけんな!」
けらけら笑う黒衣。
けれど、知っているんだ。
こうして怪我を治すたびに、黒衣を苛む強い痛みを。
誰かの分もそんな風に傷ついて、それなのに、誰にも錘を背負わせない。
零れ落ちてる砂時計を、自分だけにしか悟らせない。
そんな所が、嫌いなんだ。
そして、それを知らずにアイツの口車にのっていたことが。
「心があるんだよ!」
「知ってる。オマエは甘ちゃんだからな」
そう云ってひらひらと手を振ったきり、黒衣は振り返らずに。
それから二度と姿を見せることはなかった。
「あーさいてー」
呟いても、もうアイツが現れることは二度とない。
【三題噺】心、血、砂