10.夜明け前
それから二人は、並んで腰をおろして手を繋いだまま、透明な村を見ていた。
朝早くから起きだして畑の様子を見に行く村長のヨーゼフさん。
森からキノコでいっぱいになったかごを抱えて戻ってくる、モーリスさんとレインさん。
転んでしまった南の家のフィン君が、ラズさんに薬を塗ってもらっている向こうでは、ウサギを担いだクーパーさんが、ロイさんのお父さんと話していた。
それから、ミスリーさんと行商人さんの商談がまとまって。
ゆっくりと、けれど確実に、村の時間は流れていた。
朝が来て、昼が来て、夜が来て、また朝が来て。
それは、はるか昔に流れ去ってしまった時間だった。
もう二度と触れることのできない、はるか時のかなたの出来事。
「きれいだね」
アーフィは、ロイの冷たい手のひらをぎゅうっと握って、言った。
幻の中の人々は、誰もが優しくて、毎日を大切に生きていて・・・だからこそ美しい。
その美しさを、言葉にすることなどできないけれど。
せめて、きれいだと思ったことを伝えられたらいい、とアーフィは思った。
「私が、こわくないのか」
静かな問いかけに、こわくない、と即答することはもうできなかった。
目の前にいるのは、その気になれば自分を指一本動かさずに殺すこともできる存在だと知ってしまっている。
「こわいわ」
アーフィは、ロイの眼を真っ直ぐに見つめた。
目の前にいるのは、自分を簡単に殺してしまえるけれど、それをしようとしない存在なのだ。
「ロイさんが、いなくなるのがこわい」
つめていた息を、ほうっと吐き出すようなしぐさが、人よりも人らしく見えて、アーフィは笑いを重ねた。祈りたいような、泣きたいような気分だった。
「・・・私も、君がいなくなるのは、こわいよ」
ロイの奇妙な笑顔に、泣きたい衝動がこみあげてくる。
何のための涙だろう、と少し考えて。
アーフィは、そうだ、わたしはかなしいんだと思った。
思いながら、ロイをぎゅっと抱きしめた。
だって、きっと。
ロイさんはずっと独りだ。
どんなに強大な力があっても。
どんなに美しい幻を創りだせても。