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9.ρθφ∞э〜つながっていくもの〜

 幻のかききえた草原を、夜明け前の風がわたる。 

 かすかな音とともに揺れる大気にくすぐったさを覚えて、アーフィは笑った。

 頬をなでる風は、この時間特有の身を切るような冷たさを忘れ、ただただ暖かく優しかった。


 隣にたたずむロイをまねて、空をあおぐ。

 星が輝きを忘れ、闇が一段と深まっているのが一目で分かる。

 陽が、昇ろうとしているのだった。


 つい先ほどまでとは色を変えつつある空を眺めながら、時間の流れの速さにアーフィは顔を歪める。


 朝が来たら、ロイさんはどこかへ行ってしまうのだ、という確信が、アーフィにはあった。

 それも、もう二度と会えないどこかへ。


 ふれていただけの手のひらで、白い指をにぎる。

 サヨウナラまでの時間を少しでも引き延ばしたくて。


 そのときだった。

 再び、透明な村が草原にあらわれたのは。

 

「ロイさん?」


 問いかけたアーフィに向かって、ロイは笑った。

 その笑顔の温かさに、アーフィは言葉を忘れる。

 とても、きれいだと思った。


「これが・・・私の、村だ」

 

 誇らしげに、けれど何かを悼むような声音で、ロイが言う。

 その言葉が届く頃にはもう、幻は草原いっぱいに広がっていた。


「ρθφ∞э、という名なんだ」


 今まで一度も耳にしたことのないような、まるで妖精の歌のような繊細さを帯びた響きに、アーフィは息をのんだ。


「ρθφ∞э」


 今まで知らなかった言葉で繰り返される名前が、乾いた砂にしみこむ水のような素直さをもって自分にとけこんでくるのを感じる。

 

「ρθφ∞э?」


 口を開けば、それが当たり前のように言葉があふれた。

 一度も発音したことのない音で、どこからどんなふうに出したのかよくわからない声で、知らない意味の言葉が、よく知っているものを思いだしたときのように懐かしく響く。

 戸惑いを覚えてロイをじっと見つめたアーフィは、その(ひとみ)の優しさに泣きたくなった。


「・・・よければ、覚えておいてくれないか」


 切ないほどの祈りを含んだ声に言われて、アーフィはうなずく。

 問われるまでもなく、きっと自分は忘れないだろうと思った。

 何を忘れても、これだけはずっと。覚えていたいと思った。



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