0. ある青空教室にて
「眼をそらしたらね、アーフィ」
おだやかな声で、先生が言う。
「ほんとうのことが、見えなくなってしまうことがあるんだ」
ほんとうのこと?
先生の向かいがわの切り株に座っていたアーフィは、声に出さずに呟いた。
目をそらすと、今まで見えていたものが見えなくなる。
それは、当たり前のことだ。
でも、“ほんとうのことが見えなくなる”ってどういうことなんだろう。
先生が何を言いたいのか分からなくて、首をかしげる。
そうしたら、見える世界も一緒にかたむいた。
さっきまでは見えなかった、先生が座っている切り株の向こうがわが視界に映る。
山のふもとまでずうっと広がる草原と、その上に広がる青い空。
地面すれすれを飛ぶ小鳥に、明日は雨かなぁ、と思いながら、アーフィは腕を組んだ。
“ほんとうのこと”。
たとえば、あの小鳥。首をかたむけていなかったら、きっと見てなかった。
見てなくても、鳥はきっと飛んでいたけれど。
見てたから、あの鳥のことを知ることができた。
あ。
・・・そっか。
アーフィは、なんとなく納得する。
草原から目をそらしていたら、あの小鳥のことを知らなかったろう。
羽の白さも、くちばしの黄色さも、地面すれすれをとんだことも、分からないままだった。
“ほんとうのこと”というものも、そんな風に簡単に分からなくなってしまうのかもしれない。
なんとなく、何かが腑に落ちた気分で、アーフィは首をまっすぐに戻した。
先生の、黒に近い銀色の眸をじっと見つめる。
そういえば、大事な話をしたり約束をしたりするときは相手の目を見ること、というのが先生が最初の授業で教えてくれたことだった、となんとなく思い出す。
「眼をそらすことも、そらさないことも。アーフィの自由なんだけど」
視線をもどしたアーフィにやわらかな眼差しを注ぎながら、先生は言葉を続けた。
「けれどね、できるだけ」
穏やかに吹いた春風に、アーフィの青い髪が揺れた。
眼にかかった長い髪を手で払って、先生をまっすぐに見つめる。
アーフィよりずっと長いはずの黒に近い銀髪は、後ろで一つにまとめられているせいか、ちっとも乱れていなかった。
ちゃんと見ていなければ、いろんなものを見逃してしまう。
それは何だかもったいないなぁ、とアーフィは思った。
「本当のことを見極められる人になって欲しい」
先生の言うことは、いつも簡単なようで難しい。
見極めるってどういう意味だろう、とアーフィは考えて。
考えたけれど、よく分からなかった。
だけど、今からいろんなものを、ちゃんと見てみよう、と思った。