俺の仕事じゃないから
慶応二年二月十七日。
京都の冬は、底冷えがした。
新選組の屯所は、奇妙なほどガランとしていた。
数日前に起きた寺田屋の騒動で、隊士たちのほとんどが坂本龍馬という男の捜索に駆り出されていたからだ。
隊士の大石鍬次郎は、一人で留守番をしていた。
暇を持て余していると、身なりのいい武士が訪ねて来た。
「相談があるのです」
男は消え入りそうな声で言った。
ひどく顔色も悪い。
「実は、上司と折り合いが悪く、これ以上ガミガミ言われたら相手を斬ってしまいそうです」
「それはお気の毒ですけどー、なんでここに持ち込んだんすか?」
「誰に相談して良いか分からなくて。番所へ行ったらその場で捕まってしまうでしょう?」
男は必死だった。
しかし鍬次郎は、面倒そうに首を振った。
「でも、まだ刃傷沙汰が起きたわけでもないしなー。やっぱ俺たちの出る幕じゃないなー」
「刃傷沙汰を起こしたら大変だから、こうして相談に来たんじゃないですか」
「要するに、上司とのイザコザを仲裁してくれっつー話ですか?」
「それでも結構です」
「あいにく新選組には、勝手に訴訟を取り扱ってはなんないっつー五月蠅い法度がありましてー。そんなことしたら切腹なんすよねー」
「訴訟なんて、そんな大げさな」
「でも、そう取られ兼ねない案件なんで、申し訳ないすけど、これはうちの仕事じゃありませんねー」
男は血相を変えた。
「このままじゃ私は上司を殺してしまいますよ?」
「そう言われてもなー」
「じゃあどうすればいいんです?!」
「どうしてもって言うなら、その上司を斬ってから来てくんないすかねー?それなら新選組として動く口実も出来るし」
男はあきらめて、トボトボと帰って行った。
鍬次郎は、ややこしい客をうまくあしらってやったとほくそ笑んだ。
翌日、二月十八日。
同じ男が風呂敷を下げてまたやって来た。
「こんにちは。昨日の続きなんですが…」
「イヤイヤ、だから言ったじゃないすかー?」
「まずはこれをお納めください」
男が風呂敷包みを差し出すと、鍬次郎は顔をしかめた。
「付け届けをされてもダメなもんはダメなんすよ。こんなの受け取れませんよー」
しかし、男が風呂敷を解くと、そこから出て来たのはお金でもお菓子でもなく、中年男の生首だった。
「ギャーーーーー!!!」
「言われたとおり殺してきました。これで相談に乗っていただけますか?」
鍬次郎は慌てて生首を風呂敷でぐるぐる巻きにしながら、男を問い質した。
「カンベンしてくださいよー。マジで殺っちゃったんすか?」
「あなたがそうしろと言ったんでしょう?」
「いや、言ったけどさー。それはあんたを追い返すための方便っすよ。大人なんだから、それくらい分んねえかなー?こうなったらもう奉行所に届けるくらいしか俺に出来ることはないっすねえ」
「そうですか。仕方ありませんね。しかし、お縄になったら私もお白州で正直に言いますよ。貴方にそそのかされたと」
「ちょっとちょっとー!」
「だって本当のことですからね」
鍬次郎は、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
「だいたい、こんな物騒な話、奉行所に相談すればよかったじゃないすか」
「それは無理ですよ。奉行所が私の職場なんですから」
「えっ!あんた、何者なんすか?」
「私は京都町奉行の同心です」
「じゃ、じゃあ、あんたの上司って、この首は与力かなんか?」
「ま、そういう事になりますかねえ」
「冗談じゃないっすよ。あんた、まさか見られてないすよね?」
「何をです?」
「いやこの、首の持ち主を斬るところを」
「暗闇に乗じて後ろからバッサリやりましたし、あそこは官庁街なんで、人通りも少ないから見られてないはずです」
「バッサリってあんた…えー?首から下は?」
「下立売通に打ち捨ててあります」
「じゃあ、後はこの首の始末ってことかー…いや、落ち着け落ち着け―。あの、ちょっと考えさせてくださいね」
鍬次郎は保身のために必死で知恵を絞った。
「そうだ!こういうのはどうっすか。近ごろ流行りの天誅!」
「天誅?長州とか土佐の浪士がやってるアレですか?」
「そうそう。よく三条河原に首が晒されてるじゃないすか?暫奸状を書くんです。例えば、この与力さんは…」
「与力さんて。この人の名前は、」
「いい!言わなくていい!聞きたくない!」
「そうですか?」
「俺の仕事の範疇じゃないっすから。とにかく重要なのはさー、この与力の政治的信条っすよ。このひと開国派?攘夷派?」
「なぜそんなことを聞くんです?」
「だからー、この人が開国派なら攘夷派が、攘夷派なら開国派が殺したことにするんすよ。んで、この首と一緒に、この人の罪を書き連ねた書状を添えて、三条河原に晒す。ね?そうすりゃ、どっかの不逞浪士の仕業ってことになるじゃないすか」
「なるほど。しかし、私もこの上司も政にはとんと疎くて、そう言った信条は特に持ち合わせていません」
「じゃあさあ、あんたたち、何をそんなにモメてたんすか?」
「この男はホント小言が多くて、書類の誤字脱字が多いとか、経費を使いすぎるなとか、細かいことをネチネチネチネチ…」
「…もういいっす、わかりました。んじゃまあ与力つーと御家人だから、開国派って事にしときましょう」
「そんなもんですか」
「てか、あんたも当事者なんだからさー、一緒に文面を考えてよ」
「と、言われましても」
男は首をひねるばかり。
「ハー…要するにそういうとこじゃねえのかなあ。んじゃ、そうだなー。『幕府の走狗として草莽の志士に塗炭の苦しみを与えた』とかなんとか、適当に書いときますね」
「ありがとうございます。貴方に相談して良かった」
男の顔に、ようやく血色が戻った。
「いい気なもんだなー。じゃあ夜中に三条大橋の袂でもう一回落ち合いましょうか」
丑三つ時。
二人は暗闇に紛れて三条河原に杭を打ち込み、セッティングを済ませた。
「いやあ、これでスッキリしましたよ」
男が満足げに伸びをした、その刹那。
鍬次郎の刀が閃き、男の背中を深く切り裂いた。
男は崩れ落ち、虫の息で尋ねた。
「な…なんで…?」
鍬次郎は刀の血を拭いながら答えた。
「だから、天誅騒ぎを起こす輩を取り締まるのが新選組なんすよ。これでようやく俺の仕事になったってわけっす」




