私のお姫様
「じゃ、行ってきまーす」
「行ってきます!」
妹にお世話してもらうことになったとはいえ、得に変わらず日常は続いていく。
めいと一緒に家を出て、駅まで並んで歩く。
私は電車を使うのだが、めいは地元の中学に通っているので乗らない。
……そのはずなのだが。
私と喋っているから気づいていないのか、改札まで来ているのに私から離れる気配がない。
「めいはいつまでついてくるの?」
「え? ああああああ! わたしこっちじゃない! なんで言ってくれないんですか!」
「今言ったけど!?」
めいは地を揺らすような大声を出し、怒りながら私からものすごい勢いで離れていった。
こりゃ、結構頑張らないと遅刻しちゃうかもね。
私には関係ないけど。
それはそうと、私もちょっとやばかったりする。
めいと話していたせいでいつもより歩くのが遅くなってたし。
よし、早歩きで向かおう。走る気力も元気もないしそれがいいだろう。
いつもは景色を堪能しながら歩いているが、今回はそうしていられない。
最低限の視野は確保したまま、よけいなことを考えないようにまっすぐ学校を目指す。
曲がり角に差し掛かって、坂を登る。
坂を登りきったところに学校があるのだが、この坂が結構きついのだ。
先生たちはよく丘の上の学校と称するが、丘なんて可愛らしい表現では足りない気がする。
もはや山だ。
「あら、ういじゃない」
そんな地獄のような山登りを終えた時、目の前に天使が舞い降りた。
神様になんか仕えさせたりしないが、今の私にとって〝それ〟は紛れもない天使だった。
いや、もっとふさわしい言葉が私の頭の中に浮かんで――
「お、お姫様っ!」
「はぁ!?」
――つい声に出てしまう。
昨夜読んだ『たたかうお姫様』のせいでその単語がポロッとこぼれ落ちてしまったのだった。
「な、なによ。変なプレイでもご所望なの?」
お姫様の口から〝プレイ〟なんて言葉が聞けるなんて!
それだけでオカズにできちゃいそうなくらいの破壊力がある。
って、違う違う。ちゃんと現実に戻らないと。
「める……! えっへへ、ごめんごめん。なんだか警戒させちゃったみたいで」
「警戒っていうか困惑だったのだけど……割といつも通りだなって思い直したわ」
めるに私のいつも通りを認知してもらえているなんて嬉しすぎる。
嬉しすぎて感情が爆発四散しそうだ。
ついでに身体も爆風で塵になって粉々に砕けそう。
「えっと、ところでめるがなんでここに?」
「……あなた、ほんと私が絡むとおかしくなるわよね。ここ学校よ?」
「あ」
そうだった。私は時間ギリギリになりそうだって慌てて学校に来ていたんだ。
天使の降臨で頭がおかしくなっていたのかもしれない。
そんな天使も呆れたように苦笑している。
その苦笑も可愛いからずるい。
「私からも質問いいかしら? お姫様ってなに?」
「あー、それは……そうだなぁ……影響を受けた童話の主人公というか……」
「は?」
下手にはぐらかすのもあれだと思い、めるに昨日読んだ『たたかうお姫様』について話す。
あそこから私の趣味嗜好がクリアになったこと、そのお姫様に憧れや好意を抱いていること、そのお姫様とめるが重なること……
私の原点から今に至るまでをじっくり……というわけにはいかないから、なるべく手短に話した。
話が長い人は嫌われるというし、そもそも今は教室へと急がなきゃならないから。
「なるほど……その作品はあなたにとってとても大事なものなのね……」
「うん、そうなの。今の私を作ったといっても過言ではないくらいだよ」
「あはは……それはいいことなのか悪いことなのか……」
めるはそう言って笑うけど、ちゃんと話を聞いてくれる。
適当にあしらうでもなく、うわの空でもなく、ちゃんと私の目を見て耳を傾けてくれる。
私にとっては大事な話だけど、めるにとってはきっとどうでもいい話だろうに……
私を形作った作品を『大事なもの』とまで言ってくれた。
それだけで私は、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。
多分、少しだけ泣いたかもしれない。
「今は時間なくて聞けないけど、もっとこういう話しましょう。人の話聞くの結構好きなのよ」
「い、いいの……!? ぜひお願いします!」
めるの手を取ってぶんぶんと振りながら感謝の念を送る。
もうこのまま踊り出したいくらいに嬉しい。
今なら空だって飛べそうだ。
「ええ、あなたのことを知らなかったから昨日は大変なことになったのよ。もっと色々と隅々まで語ってもらいたいわ。ね?」
「うっ……その節は本当に申し訳ございませんでした……」
「ふふ、冗談よ。これに懲りたら隠し事なんてしないことね」
めるはそう言って意地悪そうに笑った。
私はその笑顔を曇らせまいと、一生めるに隠し事をしないことを誓った私は、心を入れ替えて彼女に向き合うことにしたのだった。
「じゃあ私こっちだから! またあとで!」
「ええ。居眠りしないように気をつけなさいよ?」
そんなやりとりをして私たちは別れた。
だけど、絆はより強固に結ばれた気がする。




