過去の夢
自分の心臓の音さえうるさく響く静寂の中、窓から射す月明かりだけが私と彼女を淡く照らしている。
近くにいる彼女の寝息が聞こえ、時々当たってくる。
「○○……?」
眼前には、ベッドに寝転ぶ彼女の顔が。
私はその上に……彼女の身体の上に覆いかぶさるようにして、四つん這いになった。
これは、一体どういう状況なのだろう。
思考に霧がかかっているようで、頭がボーッとして意識が散漫としている。
「……うい」
彼女が私を呼ぶ。
はやくどかなければ。そう思うのに、身体が言うことを聞かない。
私の両手の下には彼女の手首があったようで、押さえつけていたことに今気付く。
それだけではなく、腰にまでのしかかる形で身動きを封じてしまっていた。
彼女は何度も腕に力を込め、私の手と身体を跳ね除けようとする。
しかし、私は両手に込める力を強くしてしまう。
でも、反発がだんだんと弱くなる。
いつも私に優しく笑いかけてくれる目は大きく見開かれ、その顔はほんのりと上気している。
私は彼女の顔から下へ――滑らかで綺麗な首筋へ指を滑らせた。
「……抵抗しないの……?」
私は一体どうしたのだろう。自分でも自分のやっていることがわからない。
彼女の顔に触れそうなほど顔を近づけると、花のようなやわらかい香りが鼻腔をくすぐる。
既に拘束しなくても、彼女が抵抗する様子はなかった。
でも、抵抗しないとはいえ、私と同じ気持ちなのかはわからない。
――してはいけない。
この先に進んではいけないと理解はしている。
それでも、我慢は効かなかった。
彼女は私を受け入れてくれるように目を閉じた。
「んっ……」
お互いの唇が触れる。
でも、柔らかいとか温かいとか、そんな感覚はなかった。
あるのは、謎の虚無感だけだった。
☆ ☆ ☆
「――ちゃん。お姉ちゃん?」
その声ではっと目を覚ます。
目を覚ます? 私は寝ていたのか?
ということは、さっきのあれは……
「……夢?」
そう認識した途端、私は頭を抱えて悶えた。
めいという存在を置き去りにして、なかったことにして、あんなおかしな夢を見てしまったのだから。
なんて夢を見てしまったんだ。
これはめいに知られたらタダでは済まないだろう。
「どうしたんですか? なにか怒ってます……?」
めいがなんか言っているが、全然耳に入ってこない。
だって、私が見た夢の相手は、めいなんかじゃなくて――
「聞いてます?」
「ひゃうっ!?」
いきなりパクッと耳を咥えられ、私は反射的に変な声を出してしまった。
めいは構ってもらえなくて寂しかったようだ。
頬が食べ物を頬張っている時のリスみたいに、ぷっくり膨らんでいる。
「ご、ごめん……なんて?」
「……お姉ちゃん、ほんとに大丈夫ですか?」
「う……大丈夫じゃないかも……」
めいは心配そうに私を見つめる。
私は強がるのをやめて、その場にへたりこんだ。
今日はもうなにもできなさそうだ。
ふと見ためいの顔は、窓から射した太陽の光に照らされていてとても眩しかった。
目が宝石のように輝いていて、明るい茶色の髪が黄金に輝いて見える。
それはあまりに綺麗で、直視できないほどだった。
私はめいの髪をそっと撫でた。
「ん? どうしたんですか?」
「いや……なんとなく」
私はめいの髪を手で梳かしながら、彼女の目を見つめた。
彼女も私を見つめる。
少しだけ笑っためいの顔は、何よりも愛おしかった。
「まあ、怒ってないようで良かったです。今日はまたうみちゃんが朝ごはん作ってくれてるみたいですよ?」
「そっかぁ……」
私はめいの頭を撫でながら、うみが朝ごはんを準備する音を聞く。
その生活音を聞いて、ようやく私は落ち着きを取り戻すことができた。
「じゃあ、そろそろ起きよっか」
「はい!」
めいは嬉しそうに返事をすると、ベッドからぴょんっと飛び降りた。
そしてそのまま私の手を取ってグイグイ引っ張ってくる。
「お姉ちゃん、はやく!」
「……うん!」
私もめいの手を握り返し、一緒にリビングへ向かった。
もうあんな夢は見たくない。
この日常だけは失いたくないなと思った。
「お姉ちゃん、だーいすき! です!」
めいは満面の笑みを私に向けてきた。
私はその笑顔にドキッとして、思わず目を逸らしてしまう。
「……どうしたんですか?」
「な、なんでも……ないよ?」
「ふーん……」
そんな私の様子を見て、めいはニヤニヤしている。
これは完全にバレている顔だ。
「あ、そうだ! お姉ちゃん、今日は一緒におでかけしましょう!」
「え? おでかけ?」
「はい! うみちゃんと三人でお買い物です!」
めいは嬉しそうに手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねている。
そんなめいを私は可愛いなぁと思いながら見つめる。
でも、おでかけか。正直あまり乗り気じゃないけど、めいが喜ぶならいいかなと思う。
「うみには伝えてあるの?」
「はい! お姉ちゃんがお寝坊さんなので、先に伝えておきました!」
「……そっか」
私は苦笑いを浮かべる。
もしかしたら私よりめいの方がうみと仲良しなんじゃないだろうか。
お姉ちゃんとしての威厳が揺らぎそうで、ちょっと嫉妬してしまう。
だけど、こんなに愛嬌もコミュ力もあるのなら、誰とでも仲良くなれそうなくらいスペックの高さを感じたのだった。




