バレンタインの日
寝すぎてだるくなった身体を起こす。
大学に入ったら、こうしてのんびり過ごせる日も多くてありがたい。
ただ一つ問題があるとすれば――
「……おい、なにしがみついてんじゃこら」
「えへへぇ、お姉ちゃんあったかくてぺたんこで落ち着きます」
「だれがまな板だって!?」
「そこまでは言ってませんよぉ……」
「似たようなもんだろ!」
休みの日だと、妹がベタベタくっついてきてなかなか離れてくれなくて困る。
厳密には実の妹ではないのだが、そこは割愛させてもらう。
それよりも、寝すぎてだるい。
長く寝ても疲れが取れるわけではないということみたいだ。
「はぁ……それより、今日はバレンタインか……」
「えっ! お姉ちゃん、わたしにチョコくれるんですか!?」
「そんなことは言ってない」
「もーっ! お姉ちゃんはいつも冷たいんですからぁ!」
そう、今日はバレンタインデー。
私には縁のないものだが、世の中はリア充とそうでないものの差がハッキリと出てしまう残酷な日である。
私はもちろん後者だ。
「もういいから離れて」
無理やり妹を引き剥がし、ベッドから下りる。
さて、今日はなにをしようか。
「あ、今日もわたしがご飯作りますね」
「……ん、お願い」
「はーい!」
妹は実に嬉しそうにスキップしながら台所へ向かう。
元気なことだ。
私はそれを羨ましそうに、微笑ましそうに見つめる。
それが、悪夢の始まりであることに気づかずに――
「お姉ちゃん。今日はバレンタインデーということで、チョコを作ってみました!」
「……いや、普通にご飯作って欲しかったな……」
木製のテーブルの上には、これでもかというほどチョコレートが並べられている。
こんなに作って食べ切れるのだろうか。
いや、ツッコミどころはそこじゃない。
なんでご飯じゃなくてチョコレートを作ったのか。
いくらバレンタインデーだからと言えども、これはやりすぎではないだろうか。
「……お気に召しませんか?」
「え、だから普通にご飯作って欲しかっただけなんだけど……」
「いいから食べてください……! 一生懸命作ったので……!」
「うーん、わかったよ……」
めいの押しが強くて、私は折れてしまった。
しかし、よく見るとチョコチップケーキやチョコを塗ったトーストなどもあり、朝ごはんに出されてもあまり違和感のないものも混ざっている。
これならばなんとかなりそうだ。
「えっと、じゃあ、いただきます……」
「はーい」
それにしても、妹は本当に料理がうまい。
家庭的で顔が整っていておまけに巨乳とくると、かなり男子ウケはいいだろう。
ちょっと天然で幼すぎるところもあるが、そこもまた心を掴まれてしまうようだった。
茶色のゆるふわカールなところも、なんというか、あざとい。
対して、私は地味でなんの取り柄もないような女だ。
特に特筆すべきものはなにもない。
強いて言うなら、黒髪ボブで絶壁というところだろうか。
いや、こんなこと言わなくてもよかったかもしれない。
すごく心が痛い。
「ど、どうですか? 美味しいですか?」
「えっ? あ、うん、もちろん。めいは料理がうまくて憧れるよ……」
「えへへ、嬉しいです。もっと作っちゃいますね!」
「もうこれ以上は……やめ、て……」
めいの本気とも冗談とも取れない言葉を笑って釘を刺そうとしたら、突如身体が熱くなった。
「なっ……」
「ふぅ、やっと効果出てくれましたか……」
なにが起きたのか。
意識が朦朧としてきて、なにも考えられない。
でも、いつもより少し低めの妹の声が聴こえて、なにかを混入された可能性があることだけはわかった。
私のことが大好きな妹のことだから、殺したりはしないと思うが……思った以上にヤンデレだったらかなりやばい。
「あ、安心してくださいね。ただの媚薬ですので」
「……はぁ!?」
「これでお姉ちゃんはわたしにすがるしかなくなるんです。よだれを垂らしながら、たくさん尻尾を振っちゃうワンちゃんに……うふふふ……」
――やばい。逃げなきゃ。でも、どうやって?
この異常なまでの身体の熱さと動悸は、媚薬による症状に違いない。
時間が立てば、媚薬の効果もだんだんなくなってくるだろう。
そう考えた私は、椅子から立ち上がって逃げようとする。
リビングを出て廊下を走り、玄関のドアまでたどり着いた。
もうあとは外に出たら人目もあるし、変なことはしてこないだろう。
――そんな呑気なことを考えていた私が馬鹿だった。
「お姉ちゃん……どこ行くんですか?」
「ひゃうっ!」
もう外に出たのに、妹が後ろからぎゅぅっと抱きしめてくる。
媚薬の効果で感度がよくなっていた私は、それだけで声を上げてしまった。
妹の吐息が背中にかかり、背筋がゾワゾワする。
「お姉ちゃん……逃がしませんよ……?」
「や……やめてっ……」
妹が身体中まさぐってきて、立っていられないほどになった。
こんなふうに外でするなんて間違っている。誰かに見られたら人生が終わっちゃう。妹の鋭い眼光が怖くて逃げられない。
それなのに、どうして――
「うふふ、大好きです。お姉ちゃん」
――こんなにも、幸せだと思っているのだろう。




