無断侵入
扉の前に立っていたメリアは、私とソレイルを交互に見たあとぷくっと頬を膨らませた。
「どうしてその子と一緒にいるの!私はソレイルと遊べないのに、その子とは遊ぶの!?」
「……っ、メリア」
「ずるい……!」
今にも泣きだしそうに瞳を潤ませるメリアに、ソレイルは慌てて駆け寄り必死に宥めている。
私を巻き込まずに勝手にどうぞと言った側から巻き込まれてしまった……。
「違うんだ。遊んでいたわけでは……ないよな?」
何故そこで私に確認するのだ……と呆れながら、「遊んでいません」と答えておく。
「じゃあ、どうして一緒にいるの?」
「私がリスティアに会いに来たんだ」
「……私には会いに来てくれないのに?」
「え……っと」
だから、どうしてこちらを見るのだ……と睨むが、ソレイルはお構いなしにちらちらと視線を送ってくる。
「ソレイルの妹は私だけって、そう言っていたのに」
「それは……でも、父上がリスティアも妹だと」
「クリスとソレイルの妹は私だけなの!」
遊んでいたという誤解から、妹はどちらかという謎の論争にまで発展している。
これは何に巻き込まれているのだろうと、まだ揉めているソレイルとメリアを眺めながら、ふと疑問が頭を過った。
――メリアは、どうやってここまで来たの?
王子宮殿に仕える者達は皆、先日入れ替えられている。王妃様の影響を排除する為に行われたので、王子達やメリアを手助けする者はもう残っていない筈。
「ローガット。王子宮殿の中に人はいないの?」
「いえ、侍女も従者も配置されております。ただ、人員を総入れ替えしたばかりで、まだ連絡系統が整っていないのでしょう。以前は王妃様のご意向を汲む者が多く、ご令嬢が自由に宮殿内を歩ける環境でございましたが、今はそのような便宜は一切ございません」
「でも、入って来ているけど」
「王子宮殿は王族の居住区でございます。王族のご友人が王子殿下に呼ばれたと、そう告げれば、門番が完全に拒むことは難しいでしょう。それに、ご令嬢は幼い頃から宮殿に出入りしておられましたので。顔見知りの者も少なからずおり、確認せず通してしまったのではないかと」
メリアは王妃様に娘のように可愛がられ、クリスとソレイルからも妹として大切にされている。その事実は王宮に仕える者なら誰もが知っている。
王妃様の手先を排除しても、人の習慣まではすぐには変わらないということだろう。
「困ったね」
「まだ所々に古い習慣が残っているようです。少しばかり、心得を改めていただく必要がありそうなので、一度手を入れておきましょうか」
いつもにこにことしているローガットが、目を細めてそんなことを呟いた。
こういう人は怒らせたら怖いのだと、いまだ文句を言っているメリアに少しだけ同情していると、ソレイルが同じような疑問を口にした。
「メリアはどうしてここにいるんだ?母上の下で淑女教育を受けていたんじゃ……暫く会えないって、そう聞いていたんだが」
その言葉に、メリアの表情がぱっと明るくなった。
「あのね、ソレイルが私に会いたがっているって聞いたの!」
「誰から?」
「クリスよ。さっき、王子宮の前で会ったの」
クリスがメリアをここへ誘導したのだと知り、頬をひくりとさせる。
(絶対、嫌がらせだよね)
どうやら先ほどのやり取りでまだ足りなかったらしい。
そんなことを考えていた私は、メリアがそわそわと落ち着きがないことに気付き小首を傾げた。
何かに気を取られている様子のメリア。うろうろと彷徨う視線を追えば、彼女の目はずっと私の部屋の中へと向けられていた。
(もしかして、部屋に入るつもりでは……)
そう思った矢先、メリアは我慢出来なくなったように目の前に立つソレイルの肩越しから部屋の中を覗き込もうとした。
「あ、メリア」
それに気付いたソレイルが慌てて名前を呼び、手を伸ばして制止するも、そんなもので止まるメリアではない。彼女はその手を軽々とすり抜け、ソレイルを押しのけて踏み込もうとした。
けれど――。
「お下がりください」
「……っ」
すっと前に出たリオルガに、メリアは勢いのままぶつかりそうになり足を止め、きょとんとした顔でリオルガを見上げた。
「騎士様?」
「メリア……!駄目だよ」
「え、何が駄目なの?とっても可愛いお部屋なんだもん。少しだけ見てもいいでしょう?」
ね、お願い!と可愛らしくおねだりするメリアに、ソレイルがうぐっと言葉を詰まらせた。
その隙にと、メリアは再び部屋へ入ろうと身を乗り出す……が、その前に立ちはだかるのは壁のようなリオルガである。
微動だにせず、微笑みながら見下ろすリオルガに、メリアはまたもや足を止めた。
「騎士様、そこを退いてください」
「それは出来かねます」
「どうして?私はクリスとソレイルの妹なのに。王妃様だって、王子宮殿の中はどこでも好きに見て回っていいって言っていたわ」
不満げに頬を膨らませるメリアだが、この中でそれが通じるのはソレイルだけである。
「申し訳ございません。ここはどこでもには含まれておりません」
穏やかな声だからこそ余計に恐ろしいということもある。リオルガの声音にピンと背筋を伸ばした私とは対照的に、メリアは「どうして……?」と呑気に小首を傾げている。
リオルガの静かな威圧などものともせず、「退いて!」と腰に手を当てて怒っているメリアも、ある意味恐ろしいのだけれど。
全く引く気のないメリアに溜息を吐き、仕方なくこの部屋の主となった私が口を出すことにした。
「あのね、貴方はお兄様達の妹のような存在というだけで、本物の妹ではないし、王族でもないの。ここは王族が暮らす場所で、たとえ王妃様に可愛がられていても本来は勝手に入っていい場所ではないのよ。同じようなことを、前にも教えてあげたわよね?」
「でも、私を家族みたいに」
「家族みたいと、家族は違うものだと、いい加減学びなさい」
「どうして、いつも意地悪なことばかり言うの?クリスもソレイルも、王妃様だって、私のことを家族だって、妹だって、そう言ってくれるのに」
怒っているのか、拗ねているのか、むっと頬を膨らませたまま、メリアがリオルガを見上げ叫んだ。
「ずるい!あの子だけ、ずるい!」
「メ、メリア、落ち着いて!」
「だって、ソレイル……」
(私と……同じ歳だよね……?)
それにしては、歳のわりに幼過ぎるのではないだろうか。思わずメリアの年齢を確認してしまうほど、あまりの子供っぽさに唖然としてしまう。
「メリア、ここは父上が幼少期に使っていた特別な部屋なんだ。私や兄上だって勝手に入ることは出来ない」
「あ、ここが、クリスとソレイルが言っていた秘密のお部屋なの?」
「そうだよ」
「あれ、でもその特別なお部屋に、どうしてあの子がいるの?」
メリアにあの子!と指差された私は、ソレイルが答えるより先に口を開いた。
「私の部屋だから。あ、どうして、ずるいは、もう聞き飽きたわ。煩いからその口を閉じて」
そろそろ限界だと、リオルガに目で合図を送る。
「ご令嬢、こちらへ」
「えっ……え、あの、まだ……」
困惑しているメリアの肘に、リオルガがそっと手を添えた。
それはとても丁寧で、力づくではないのに添えられた手はメリアの動きを封じ、逃れようとしても逃れられない拘束になっている。
「さあ、行きましょうか」
そのまま自然な流れで外へと誘導するリオルガに、心の中で拍手を送っていると、今まで静かだったローガットが口を開いた。
「ご令嬢の王子宮殿への出入りは、以後禁止とさせていただきます」
そう淡々と告げられたローガットの言葉に激高したのは、メリアではなくソレイルだった。
「何故、お前が決めるんだ……!」
「何故と申されましても。私は現在、国王陛下より王子宮殿の管理を一時的に任されておりますので」
「お前が……?」
「ここは王族が住まう王子宮殿です。許可なく立ち入った者は、身分に関わらず処罰の対象となります」
「だが、兄上が」
「この宮殿への立ち入りを許可出来るのは、王子殿下方ではなく、国王陛下か、管理を任されている者だけです」
そう、以前は王妃様の許可さえあれば自由に行動出来たのだろうが、今は違う。
「この件に関しては、国王陛下にも報告いたします」
「……っ」
「クラウディスタ卿、どうぞお連れください」
顔を青褪めさせたソレイルはもう何も言わず、連行されていくメリアの後を追いかけていく。
「まだまだお子様だね」
そう呟くと、背後でローガットが「そのようですね」とふっと笑った。




