完璧な第一王子(腹黒)
クリスは腕に抱えた本を軽く持ち直し、「そういえば」と小首を傾げた。
「リスティアも、もうすぐ本格的に王位教育が始まるけれど、安心していいよ。教師陣は皆、僕が幼い頃からずっと近くで見てきた人達だから。厳しいけれど、とても優秀で、王族としての在り方をよく知っている。もし何か困ることがあれば、遠慮せずに僕を頼って。君が学びやすいように、お願いしてあげるから。リスティアが正しく成長出来るように、力になるよ」
「正しく、ですか?」
私の言葉にクリスは眉根を下げ、幼い子供を諭すように「そうだよ」と囁く。
「王族の血を引いているのに、リスティアは平民として育ってしまったからね……可哀想に」
ああ、だから正しくという言葉が出てきたのかと、納得した。
ワア……ヤサシイオニイサマダナア……。
「お兄様が、そこまで私のことを気にかけてくれているとは思いませんでした。でも、平民として育ったからこそ学びに役立つ視点もあると思うのです」
「へえ……どんな視点かな?」
「王族や貴族では見えにくい、日々の暮らしでしょうか?文化も歴史も、実際に生活する人々の中で育まれているものですから。机の上の知識だけでは分からないことを、私は沢山経験してきました」
「そうだね……でも、王族に求められるものは、日々の暮らしよりも国をどう動かすかということだよ。人々の生活の経験は大切なことだけれど、それだけで政治は出来ない。そこは間違いないようにね」
「はい。両方を学べる私は、とても幸運だと思っています」
そこでふと視線を落とし、意図的に儚げな笑みを浮かべてみる。
お手本は、困ったときのリオルガである。
「それに、平民として暮らしていた頃の私は、とても恵まれていたんですよ。祖母や母だけでなく、周りの人達とも助け合って生きてきました。人と心を通わせることの大切さを日々の中で学んで……あ、お兄様には分かりませんよね。人の心は教本には載っていませんから!」
ごめんなさい……と可愛らしい妹を演じながら笑うと、クリスの笑みがほんの一瞬だけ固まった。
「リスティアは凄いね……もう、色々と考えているんだ」
「お兄様ほどではありませんが」
ははは、うふふ……と笑い合いながら、この茶番はいつ終わるのだろうかと頬の筋肉が限界を訴え始めたとき、クリスが自身の後ろに控えている青年へと視線を向けた。
「紹介しておくね。彼は僕の専属侍従だよ」
侍従と紹介された青年はひょろりと背が高く、細い目はほとんど開いているのか分からないほど。
「第一王子殿下の侍従を務めている、ノクトと申します。今後、顔を合わせることもあるかと思いますので、よろしくお願いいたします」
感情の読めない冷めた顔つきと同様に、声も淡々としている。
(まるで人形みたい)
この人、苦手かも……とそう思った瞬間、ノクトの細い目が微かに動き、こちらをじっと観察しているように見えた。
「リスティアにも、そのうち専属侍従がつくと思うよ。勉学が軌道に乗れば、だけれどね」
「侍従をつけてもらえるように、頑張ります」
「早く、王族らしくなれるよう、頑張って」
ぽん……と私の肩を叩き、そのまま階段を降りようとしていたクリスが振り返った。
「もうすぐ王子宮殿でお茶会を開くんだ。僕の社交クラブの子達を集まるのだけれど……リスティアも来る?」
シリルが口にしていた、あの社交クラブかと目を瞬いていると、それまで静かだったローガットが口を開いた。
「第一王子殿下。リスティア様はまだ上層部にしかお披露目されておりません。情報も伏せられておりますので、貴族の子供達が集まる場にお出しするわけにはいきません」
「ああ、そうだったね。ごめん、うっかりしていたよ」
絶対に態となくせに何がしたいのだ……と、階段で足を止め何やら思案しているクリスを見つめていると。
「未熟だから、父上も外に出せないと思っているのかも」
私に聞こえるように、そう小さく呟いた。
去り際までこうしてチクチクと攻撃をしてくるなんて、性格が悪すぎるのではないだろうか。
――しかも。
「困ったね……その日は、部屋から出ない方がいいかな。廊下で誰かと鉢合わせでもしたら大変だから」
暗に「外に出るな」という命令を残し、満足げな笑みを浮かべ階段を降りていくクリスの背中を、私はただ見送るしかなかった。
(くっ……やられた)
スンと笑顔を消し、眉根を寄せながら己の不甲斐なさに小さく溜息を吐く。
すると、背後から声がした。
「お見事でしたよ、リスティア様」
振り返ると、リオルガが聖母の眼差しで私を見つめていた。
「ちゃんと、王女様らしくできていた?」
「はい。イシュラ王のようでしたよ」
「国王陛下の、よう?」
「はい」
そっとローガットを窺うと、彼もまたコクリと真面目に頷いてくる。
「そんなこと……第一王子の方が」
「第一王子殿下は、王妃殿下にとてもよく似ておられます」
「でも」
「謙遜なさらなくても、王女殿下は国王陛下に大層似ておられますよ」
そうではないのだと首を振る私に、ローガットはにこやかに、しかし揺ぎなく再び頷いた。
(……似ていないのに)
ガクリと肩を落とし、とぼとぼと自室のある三階へと向かった。




