お引越しをします
お披露目の翌朝。いよいよ王子宮殿へのお引越しが始まる。
お引越しとはいえ、この統括宮の部屋にある物は全て母の持ち物なので、私自身の荷物はほとんどないのだけれど。
「忘れ物は、っと」
村から持ってきた斜め掛けの鞄を開け、中身をひとつずつ確認していく。
「布袋と……巾着と櫛、それとブローチ」
大きな布袋と巾着は、祖母と母が縫ってくれたもの。小さい頃から愛用している物なので、生地はもう大分傷んできている。櫛はアルドおじさんが作ってくれた物で、母が毎朝これで髪を梳いてくれた。ブローチは端っこが少し欠けているけれど、祖母が大切にしていた品。
どれも、王宮の上質な調度品とは釣り合わないけれど、私にとっては何よりも大切な宝物。
「それと……これ」
母が使っていたけばけばのブランケット。
村にいたとき、イシュラ王がずっと離さずにいたそれを、私はそっと鞄に詰めて持ってきていた。このブランケットがないと眠れないほど幼くはなく、形見というなら他にもある。
それなのにこれを持ってきた理由は、ひとつ。
「リタさん」
「はい」
「このブランケットを、国王陛下に渡してください」
「……よろしいのですか?」
「私より、国王陛下の方が必要だと思うから」
村にいた数日間、イシュラ王はずっとこのブランケットを抱き締めていたのだ。
あの、捨てられた子供のようにしがみついて離さなかった姿を見てしまったら、あげる以外の選択肢などなく……。
「私は大人なので、国王陛下に譲ってあげます」
「ふふ、きっとお喜びになりますよ」
これが母のブランケットだと知っているリタさんは、壊れ物を扱うように丁寧に受け取り、けば立った布地をそっと撫でた。
「これで全部かな」
「リスティア様の衣装や装飾品などは、私どもが王子宮殿の私室へお運びいたします」
「あ、ありがとうございます」
「それと、もうお披露目も無事に済み、正式に王族となられたのですから、私どもに丁寧なお言葉をお使いになってはいけません。リスティア様のそのお優しさは私どもにとっては嬉しい限りでございますが、そうした振る舞いは他の者に侮られる隙を与えてしまいます。どうかご理解くださいませ」
「わかったわ。ありがとう、リタ」
「はい」
平民リスティアではなく、王女リスティアに修正していかなければと、鞄を抱いて部屋を出る。
王子宮への案内はリオルガがすると言っていたのでうちのお母さん兼騎士様を探すと、少し離れた場所で、今日も相変わらずとんでもなく美女なジル・ゴルジと何やら話している姿が目に入った。
大事な話かな?と思いきや、どうやらそうではない空気が漂っているので、問題ないと判断し手を挙げる。
「リオルガ!」
「……リスティア様」
振り返ったリオルガが私に気付いて微笑めば、ジル・ゴルジはどこか呆れたように肩を竦めて見せる。急ぎ足でこちらへ向かってきたリオルガは、わたしから鞄をそっと取り上げた。
「お荷物はこれだけでよろしいのですか?」
「うん。あとは、リタ達が」
「そうですか」
私の言葉に一瞬目を見張ったリオルガは、すぐに子供の成長を喜ぶ母親のような温かい笑みを向けてくれる。
こうしたところがお母さんなんだよね……と、私もつられて笑っていると――。
「ご機嫌麗しゅうございます。リスティア王女殿下」
呼んでもいないのに、真っ赤なドレスを揺らしながらど派手なジル・ゴルジが現れた。
「ご機嫌よう」
小首を傾げて微笑みながら挨拶を返せば、ジル・ゴルジはふっと口元を緩める。
その笑みは、馬鹿にしたり呆れたりしたものではなく、年長者が子供を見守るときの……と考えていると、
「王子宮は統括宮とは違い、王妃様が手を加えられた宮殿です。多少過ごしやすくなったとはいえ、あの方々の根があらゆるところに残っていますので、どうかお気を付けて」
即座に忠告が飛んできて思わず半眼になる。
「ご忠告ありがとうございます」
「いえ」
にっこりと作り物めいた笑顔を浮かべるジル・ゴルジにお礼を言い、背を向け歩き出すと背後から声が掛かった。
「昨日の挨拶、とても素晴らしいものでしたよ」
ジル・ゴルジが用意したものではなく、私が新しく作った挨拶文。
言葉の通り褒めているのか、それとも彼の気に障ったのか……その声音からは読み取れず、彼がどういった人なのかも知らないので何ともやりにくい。
「あれを手懐けるなんて、無理なのでは……?」
そうぼやくと、隣を歩くリオルガに頭を撫でられた。
***
統括宮を出てしばらく歩くと、景観が変わった。
吹き抜けの通路を縁取る欄干は磨き込まれ、柱には細やかな彫金が施されている。さらに通路の両脇には香草を焚く小さな香炉が置かれていて、ほのかなよい香りが漂ってくる。
統括宮とは違う、女性の目線で手が加えられた区域。
「そこを曲がられたら、王子宮殿です」
リオルガに促され通路の角を曲がり、思わず足を止めた。
「……うわあ、凄い」
そこにあるのは小さな宮殿ではなく、本宮殿と変わらない規模の美しい宮殿。
大理石を基調とした建築は、朝の光を受けて輝き巨大な彫刻のよう。正面には広い階段が伸びていて、その段差は低く子供の足でも上がりやすいようになっている。
「第一王子殿下がお生まれになった年に、王妃様が手を加えられたそうです」
「綺麗なところだね」
統括宮が国王の庭だとしたら、この王子宮は王妃様が自身の息子の為に整えた箱庭。
階段を一段ずつ上がっていくと、扉の前にはローガットさんがいて、側にいた騎士へ扉を開けるよう促した。
「ローガットさ……っ、ローガットが、どうしてここに?」
慌てて言い直すと、ローガットはにこりと笑みを浮かべ「頼まれましたので」と口にする。
「すぐ隣の宮殿に移動するだけだし、リオルガが一緒なのに?」
「それだけご心配なのですよ」
「心配だったら、一度くらい顔を見にくればいいのにね」
「お忙しい方ですから」
「会えなくて寂しい思いをするのは国王陛下なんだから、変な意地を張っていないで素直に会いに来ればいいのに……って、二人共どうしてそんな妙な顔で見てくるの?」
リオルガは聖母のごとく慈愛の笑みを向けてくるし、ローガットは目元を和ませている。
「妙でしょうか?お可愛らしいと思って見ていただけですよ」
「……ローガットは?」
「会えなくて寂しい思いをさせていますよと、そうお伝えしておこうかと」
「寂しいのは私じゃなくて、国王陛下の方です!私は別に寂しくは、ありません」
本当に違うのに、どうしてそういう解釈になるのだとふんと鼻を鳴らし、生温かい視線を向けてくる二人に耐えきれず、足早に王子宮の中へ逃げ込んだ。




