成功しました
広間には、既に国の中枢を担う者達が揃っていた。
石造りの高い天井が続く広間は、磨かれた床と壁面が光を柔らかく反射し、広間全体が明るく照らされている。中央には大きなシャンデリアが下げられ、金色の金具や曲線を描くアームが光を受けて輝き、壁には王家の紋章を織り込んだタペストリーが等間隔に並ぶ。
上層部だけを対象としたお披露目は小規模でありながら、広間は来賓を迎える場と変わらないほど丁寧に整えられ、王女がどれほど大切にされているかが窺える。
深紅の絨毯が玉座まで真っ直ぐに伸び、その左右には上層部の面々が整然と並び、誰もが姿勢を正し、沈黙のまま、これから始まるお披露目を待っていた。
時間になったのか、玉座に座る国王陛下が片手を軽く上げると、側に控えていた侍従長が一歩前に進み、広間に響く声で宣言する。
「これより、王女殿下のお披露目を行います」
その宣言と共に空気が張り詰め、数名、僅かに表情を曇らせた。
「では、ここからは私が」
枢密院を率いるジル・ゴルジが前へ進み、証書を軽やかな口調で読み上げる。
内容としては、出生の記録、血統の証明、そして王家と教皇が王女の身分を正式に認めた旨。
「これにより、正式に第一王女殿下と認められることになります」
その言葉を受け、広間の一角に何か言いたげな気配が生まれたが、ここで異論を挟む者などいない。この国は絶対王政であり、玉座に座り広間を冷たく見下ろすイシュラ・シランドリアの決定こそが全てなのだから。
「それでは、これより第一王女殿下をお迎えいたします」
ジル・ゴルジの言葉と共に、広間の扉が少しずつ開かれていく。
――ギィィ……。
突然現れた、王女。
長年隠されて育てられた少女が、正式に王女として宣言された瞬間――この場に居る者達の胸に、それぞれ異なる感情が湧いた。
喜び、驚き、期待、不安、そして……反感。
息づかいすら聞こえない静かな広間に、普段なら気にも留めない程の音が大きく響き渡る。
重臣達は姿勢を正し、扉へと視線を向けた。
初めて目にする王女は、一体どのような人物なのか。このあとどういった挨拶を口にし、どのような感情をその瞳に浮かべるのか。
重臣達の誰もがそのような疑問を抱きながらも、王女に大した期待は寄せていなかった。
彼等にとって第一王女殿下とは、何も知らず、何も出来ず、王族としての立場や政治の重みなど理解することすら出来ない、名ばかりの存在に過ぎないと。
国王陛下が寵愛した側室との愛娘。だからこそ何も期待などしない。
きっと、王女はこの先ずっと大切に囲われ、守られ、何も知らないまま健やかに育つのだろうから。
そう思い込んでいるからこそ、扉の向こうにいる筈の王女に向けられる視線には、冷ややかな観察と、僅かな侮りが滲んでいた。
――ギィィィィ……。
扉が全て開き、玉座まで続く深紅の絨毯の上に細い影が伸びる。
広間全体が、王女の最初の一歩を待っていた。
コツ、コツ……と、静寂の中に軽い靴音が響く。
扉から最初に姿を見せたのは、侍女でも護衛騎士でもなく、まだ幼い……。
「王女……?」
誰かが思わずそう呟き、皆が目を見張る。
無理もない。王女が纏っていたのは華やかなドレスではなく、深い青を基調とした礼装。十二歳のイシュラ王が式典で身に着けていた、あの歴史ある衣装だからだ。
濃紺の布地は光を受けて艶めき、胸元から袖へと細く走る金糸の縁取りが歩みと共に揺れる。肩には外套を留める為の金具が二つ並び、余計な装飾を排した仕立てが、王族としての威厳を際立たせていた。
その礼装を纏った王女は、まるで幼い頃のイシュラ王をそのまま体現したかのようだった。
ひとつに高く結い上げた髪が揺れ、礼装と相まって王女の横顔には幼さと凛々しさが混ざり合っている。
しかも、玉座に座るイシュラ王は、王女と同じ深い青を基調とした礼装を纏い、確かな血の繋がりが強調されていた。
「これは……」
期待の滲んだ声は、どこから聞こえたものか。誰もが名ばかりの王女を想像していた筈なのに、広間の中央を歩く王女は、幼い頃のイシュラ王を彷彿とさせる威厳を放っていた。
***
(成功したんじゃない?)
歩幅は小さく、乱さないように。幼さを残しつつ、堂々と!それを意識しながら、深紅の絨毯を進む。
王宮に足を踏み入れるのは、これで二度目。
一度目は王太子の婚約者として、二度目は今日――この国の王女として。
この場に立ったら緊張するかもと思っていたのに、思いのほか平気で。
(あの最初の人生がこんな形で役に立つ日が来るとは)
そう思うと何だか可笑しくて、口元が緩みそうになり慌てて気を引き締め、視線は真っ直ぐ玉座に。
イシュラ王の隣の椅子は空席で、本来そこに座る筈の王妃様は謹慎中につき姿を見せていない。
そして、王妃様と同じく謹慎処分になる筈だったオルダーニ侯爵は、今日この場にいる。
家名を剥奪された次男の後処理や、裏で行っていたことの証拠隠滅を防ぐ為。そんなもっともらしい理由を並べてはいたけれど、実際には私の晴れ姿を見せてぐぬぬさせたかったのと、醜聞を好む貴族の目に晒す為ではないかと、リオルガが言っていた。
壇上へ上がり、玉座の横に立ち優雅に一礼する。
(よし。視覚的な印象は完璧……!)
壇下、深紅の絨毯の左右に立つ重臣達へ視線をそっと巡らせ、心の中で小さく笑う。
「この子を王家に加え、その身分を保証する」
立ち上がったイシュラ王がそう宣言し、この国の紋章入りのペンダントを私の首にかけた。
あとはもう、挨拶だけ。
ペンダントを指でなぞり、私を見下ろすイシュラ王へにっこりと笑い、壇下に並ぶ重臣達へと顔を戻す。
「本日、王家の一員としてこの場に立つことを許されましたこと、深く感謝いたします。私が歩んできた日々は、決して王族としての道ではございませんでしたが、この国に生きる者として学び得たことは多くあります。未だ幼く、力及ばぬ身ではございますが、国の安寧と繁栄の為に、自らの責務を果たすべく励んでまいります。皆様には、必要とあらばご助言とお力添えをいただければ幸いです」
そう、あくまで必要なときだけ……そう声に出さず呟き、壇下を冷たく見据える。
「これをもって、王女殿下のお披露目を終えます」
ローガットさんの閉会の言葉を受け、私は退出となる。
満足げに口角を上げるイシュラ王と、凝然として立ち尽くすジル・ゴルジへニッと笑い、颯爽と広間を退出した。




