兄とは
行きも帰りもひたすら急ぎ旅だった、村への帰省。
王宮に戻り、ジル・ゴルジとの顔合わせも済ませ、残すは再びの晩餐。
その前に軽く仮眠を取ろうと、ベッドに横になった途端に深い眠りに落ちていた。そのまま気付けば晩餐の時間で、慌てて着替えてイシュラ王と晩餐の間に入った。
「遅れてすみません」
ほんの一瞬、驚いた様子を見せた王妃様に向かってにこやかにそう口にし、王宮初日のときと同じ席に着けば、先に来ていた新しい家族の反応はまちまちだった。
王妃様は笑みを湛えたままどこか探るような視線をこちらに向け、第一王子であるクリスは私など存在していないかのように一瞥すら寄越さない。そして第二王子のソレイルは、不愉快そうに「なんで、お前なんかが」とブツブツ呟き露骨に睨んでくるのだから大変だ。
前回とは違い静かな晩餐で美味しい食事を楽しんだあと、静かに立ち上がり、ドレスの裾を整え、口を開く。
「王族籍に入り、正式に第一王女となりました。リスティア・シランドリアと申します」
その瞬間、室内の空気がわずかに震えた。
そのような感じで、私的に始終和やかに進んだ晩餐が終わり退出すると――。
「おい……!」
案の定、ソレイルに呼び止められた。
それにしても、毎度、毎度、人のことを「おい」と呼ぶのはいかがなものだろうか……。
王族や貴族の子供は大抵、生まれながらに多くのものを与えられ、何一つ疑うことなく自分が世界で一番凄いと思い込んで育つ。
だからこそ、自分の小さな世界に突然現れた異分子には手厳しく、どうにか排除しようと動く。
面倒だなぁ……と思いつつも、これからはソレイルくらい軽くあしらえなくてはいけないのだと振り返り、腰に手を当て仁王立ちしている、いかにもなソレイルに半眼する。
「何でしょうか?」
「何、って。さっきのは、どういうことだ」
「さっきの、ですか?」
どのことだろうと首を傾げると、「さっきの!」とソレイルが晩餐の間を指差す。
ソレイルが何を訊きたいのかおよそ察しはつくけれど、あれ、それ、さっきの!で会話が成立すると思わないでほしい。
「今日は、お魚ではなくお肉でしたね」
「え、肉……?」
「お魚よりは食べやすいですし、柔らかくてとても美味しかったですよね」
「あ、うん」
「デザートはもう少し甘さ控えめの方がいいですよね。重たくて」
「でも量はそこまでないだろう……ん?」
あれ?と言った顔をするソレイルに微笑みかけ、「では」と背を向ければ、我に返ったソレイルに再び「おい!」と呼び止められてしまった。
(ばれたか……)
「魚とか肉とか、そんなことを訊いているわけじゃない!さっきのだよ!王族籍に入ったって」
「そのままですけど。父親は国王で、母親は元伯爵家の令嬢で元側室です。国王陛下と血の繋がりのある私を王族籍に入れたと、それだけのことです」
「そ、そうだけど」
怒っているというより、困惑しているという方が近いのだろうか?
何がしたいのだろうと観察していると、視線を彷徨わせてもじもじしていたソレイルがハッ!と顔を上げた。
「そうだ、リスティアの所為で謹慎させられたんだぞ!」
「それがどうして私の所為なのだ」
あまりの理不尽さに思わず心の声が漏れてしまい、ソレイルの顔が歪む。
「国王陛下が管理している庭園に無断で入り、荒らしたんですよ?悪いことをしたら、王族だろうと叱られ、謹慎くらいさせられます」
「でも、メリアにだって会えないし……」
「男爵令嬢も謹慎なんですか?」
「違う。メリアはずっと母上のところにいる」
「会いにいけばいいのでは?」
「リスティアの所為で課題が増えたから、会いに行く時間がない」
「だから、どうして私の所為なのだ」
しょぼんとしながら「メリアが」「メリアの」とメリア・アッセンの話ばかりするソレイル。
メリアのことが大好きなことは分かったが、どうしてお悩み相談のようなことを、私に……?
困惑しながらも取り敢えず相槌だけ打っていて、ふと気づく。
ソレイルの言葉にも態度にも、以前のような嫌悪がないのだ。初めて顔を合わせたときも、庭園に無断侵入してきたときも、「平民が」と露骨に蔑んでいた筈なのに。
「聞いているのか?兎に角、リスティアは私の妹になったのだから、兄を敬え」
「……兄?」
「私の方が歳が上なのだから、兄だろう?」
「……」
「……」
二人同時に首を傾げ、何ともいえない沈黙が落ちる。
突然の兄宣言に眉根を寄せ、「兄……」と呟くと。
「で、でも!私はお前が嫌いだ!覚えておけ!」
ソレイルはそう言い捨て、足早に駆けて行ってしまった。
統括宮の侍女達がソレイルを追って焦って駆けて行くのを眺め、ふう……と息をつく。
(あれが……兄?え……)
私が知っている兄というものは、包容力があり、さり気ない気遣いを忘れず、こちらが言葉にしない想いも汲み取ってくれて、何があっても守ってくれる頼もしい存在――そう、リオルガである。
すぐ近くに居るリオルガを見て、うんと頷く。
そんなことを考えていた私は、王妃様の次に強敵な存在をすっかり忘れていたらしい。
ふと、すぐ隣に人の気配を感じ、そちらへ顔を向ける。
いつの間にか私の隣に立っていたクリスが、こちらを覗き込むように視線を落としていた。




