罠を仕掛けたのはどっち?
拘束されたことに激怒し、私は侯爵家の子息だぞ!と素性を迂闊に口にするような男性が、あの王妃様の実弟……。
(似て……いる?)
深紅の髪をなびかせた冷艶な王妃様を思い浮かべながら、イシュラ王を見上げ縮こまる男性をジッと観察する。
深紅ではなく暗い黄赤色の髪はボサボサで、上質そうな生地の上着は肩までずり落ちていてくしゃくしゃ。清潔感と身なりで辛うじて貴族だと分かりはするが、国内屈指の侯爵家の子息だと言っても誰も信じないだろう。
常に上品で気高い国母という仮面を付ける王妃様とは似ても似つかない。
「ねぇ、リオルガ」
「はい」
「あの人、王妃様の弟で間違いないんだよね?」
「間違いありません」
考える素振りすら見せず即答するリオルガにコクリと頷き、眉を顰める。
(弟……)
フィランデル国王妃ルイーダ・オルダーニについて、イシュラ王は「人を操ることに長けた狡猾な者」と評していた。
莫大な成功報酬を提示し動機や意欲を引き上げることもあれば、秘密や弱みを握り脅す。
それだけではなく、罪悪感や同情心を植え付けて心を揺さぶるという方法まで駆使し、他者の行動を思い通りに操り、善人そうに振舞いながら頼みごとを断らせないよう静かに圧をかけていく。
王妃様はこれらを自然と、息を吸うように行うと言うのだから、思い通りになる人形を多く持っているのも納得である。
(そんな人の家族……)
あの王妃様を育て王妃にまでした侯爵家なのだから、家族揃って表と裏を上手く使い分け、必要とあればどんな手段も厭わない油断ならない人達だと、そう思っていたのだけれど。
「ねぇ、リオルガ」
「はい」
「王族襲撃の首謀者が王妃様の弟だということは、その罪は侯爵家にまで及ぶよね?」
「そうですね……」
「王妃様にも不利益が生じるよね?」
「この男の使い方次第では、ある程度の力を取り上げることも可能かと」
「でも、用意周到に準備して証拠を残さないような人達が、身内を使ったりするかな?」
側室だった母の兄を利用して借金を負わせて没落させ、貴族や民衆まで利用しながらイシュラ王に圧をかけた侯爵。その裏では嫌がらせが激化し、命の危険にまで及んだ。それら全て自らの手で行ったことではなく、人を動かし行わせていた。
関与していることは分かっていても、証拠がないので問い詰めることが出来ない。
だからイシュラ王は、王妃様とオルダーニ侯爵を相手取るのではなく、その周囲に狙いを定めた。
それがメリアの実父であるアッセン男爵。
オルダーニ侯爵の遠縁の伯爵令嬢と婚姻し、王妃様と侯爵の親類となった人。彼はオルダーニの支援を受けていくつもの事業を手掛け成功させてきた、まさに幸運な男。
けれど、その裏ではあくどい噂が絶えず、アッセン男爵の為人も相当なものだとか。
母の実家が没落する切っ掛けとなった出来事にアッセン男爵も関わっていたらしく、彼が王妃様、または侯爵の人形であることは確定している。
だから私を使って王妃様を煽り、以前と似たような状況を作り出すことで、またアッセン男爵を使うよう仕向けた。
男爵本人が釣れたら儲けもの。
欲しいものは情報と、王妃様またはオルダーニ侯爵が関与したという証拠となる何か。
だったのに、手に入れたものは王妃様の実弟だった。
(予定と大分違うけれど、これは男爵よりもいいものだったのでは?)
そうほくそ笑む私とは対照的に、何故かイシュラ王とリオルガの表情は冴えない。
どうしたのだろうと考えハッとし、リオルガの肩をトン、トンと叩いた。
「やっぱりあの人、他人の空似だったんでしょ?」
「え」
「それか態と似た人を使ってこちらに罠を仕掛けてきたということも……」
「ご心配なさらなくても、あれは本物のオルダーニ侯爵家の次男です」
「間抜けそうな人だけど?」
「間抜け……ふふっ、そうですね。あれは侯爵家の汚点と言われるほど有名な放蕩息子です。賭け事によって普段の生活や社交活動に支障が出るほどで、以前大きな問題を起こしたことで彼の顔を知らない貴族はほとんど居りません」
「そこまでのことをしでかしたんだ……」
「侯爵家の財産管理に用いられている印章を持ち出し、それを賭け金代わりにしたとか」
「……」
「よいカモらしく、いずれ賭け事で身を亡ぼすと陰で笑われているそうです」
「あの人が身を亡ぼす前に侯爵家が滅びるのでは?」
立場に見合わないほど大きなことを言い、払えないものを賭け続けた結果、とんでもない暴挙に出たらしい。
賭け事とは言っても貴族のお遊びなので執拗に取り立てる者などいないが、それらはオルダーニ侯爵家の名声と名誉をゴリゴリと削り、侯爵家の汚点とまで言われるようになってしまったと。
(完全に人選ミスではないだろうか……)
そう思ったのは私だけではなかったらしく、私達の話を横で聞いていたエドが「もしかしてこれが罠か?」と周囲を見回しながら警戒し始めたが……。
「……こ、国王陛下。ご、ご……」
「……」
「ご、ご機嫌、麗しゅ……っ!」
「……」
無言で圧をかけ続けるイシュラ王に向かってご機嫌伺いをした男性を見たエドは、ゆっくりと首を左右に振ったあと「あれはただの馬鹿だ」と呟いた。
「マルス・オルダーニ。その耳は飾りか?」
「……へ」
「お前は何故この村にいると、そう訊いた筈だが?」
「あ……!それは、違うんです!これには、とても深い訳が、そう、ありまして!」
マルスと呼ばれた人はキリッと急に真顔になり、呆れているイシュラ王に気付かず「実は」と低く重みのある声で言い訳を始めた。