眼福のお茶会
貴族の子供達は幼くても、貴族としてシーンに応じた装いが求められる。
式典、公式行事、舞踏会などでは、ドレス、フロックコートといった正礼装を。
今回のように私的に招待されたお茶会、小規模な催しでは、スーツ、上品なワンピースといった準礼装でも構わない。
だから私が着ているドレスも、どちらかと言えばワンピース寄りで、そこまで格式ばった高価な物ではない。
平民である私からするとこれも十分お高い物なのに、リタさん達は大層ご不満で、せめて宝飾品はと母の部屋からいくつか借りてきていたらしい。
初めてのお茶会で用意されたものは、至って普通の定番な物。
フルーツサンド、スコーン、クロテッドクリームとジャム、スポンジケーキ、塩気のあるナッツ、プレッツェル、そして飲み物は紅茶とミルク。
どれもとても美味しそうで、リスティアとして生まれてから甘い物は高級品だったので、とても嬉しい。
自然と鼻歌を口ずさむほど気分が高揚し、うきうきしながらガゼボでリオルガを待っていた。
「ご招待、ありがとうございます」
騎士服を着たリオルガがガゼボに現れ、優雅な仕草で胸に手を当て軽くお辞儀する。
それはとても様になっていて、思わずおおっと心の中で拍手を送った。
「ようこそいらっしゃいました」
お茶をしませんかと誘ってきたのはリオルガなので、私が招待したわけではないが、これはごっこ遊びのようで面白いと、私は座ったまま主催者として挨拶をする。
ふふっと二人で笑い合うと、リオルガは半歩横にずれ、背後から彼の弟が現れた。
(凄い)
衝撃過ぎてそれしか言えない。
今迄三回生まれ直した中で、端正な顔の造りの人は結構いる。
一度目の元婚約者と彼の周囲にいた男性達もそうだし、二度目のテレビの中で活躍する俳優やアイドルもそう。三度目だと既にメリアの取り巻きとなっている王子二人など。
この端正な造りを持つ美形、美少年と言われるような人達は探せばまだまだいるけれど、それらを遥かに凌ぐ人外疑惑をかけられる美貌を持つような人は、今のところイシュラ王とリオルガの二人だけしか知らない。
今迄は二人を超えられる者など絶対にいないと断言できたのに、どうやらそれは間違っていたらしいのだ。
「リスティア様。こちらが私の弟です」
そうリオルガが紹介してくれた弟は、リオルガを超えてきた。
好みの問題とかではなく、元婚約者やここの王子達が束になっても敵わないレベル。
比べることすら愚かしいと思わされるような美貌は、最早恐ろしい。
正面も横顔も完璧な造作である兄弟を眺め、これは凄いぞと感心する。
リオルガが銀髪に青い瞳なら、弟の方は銀髪に灰色の瞳。
イメージ的には、春と冬だろうか?
兄であるリオルガが冷たそうな印象と可愛らしい内面というギャップがあるのだから、弟はどうなのだろうと見つめると、にっこりと笑った弟が一歩前に出て挨拶をした。
「シリル・クラウディスタと申します。どうぞシリルとお呼びください」
胸に手を当て軽く頭を下げたシリルは、凄く美しく微笑んでいるのに目の奥が冷めている。
これは一癖ありそうな子だなぁ……と思いながら、「ようこそいらっしゃいました」とリオルガのときと同じように返す。
するとシリルは一瞬虚を衝かれたような顔をしたが、直ぐにまたにっこりと笑う。
「リスティア様のことを兄から聞いて、お会いしたいと我儘を言ってしまいました」
「そうですか」
「国王陛下にとても似ていらっしゃるので、驚きました」
「ありがとうございます」
遠回しに嫌味を言われることもなく、嫌悪感を見せることもない。本当にただ挨拶にきただけのように振る舞うシリル。
(ここに来て嫌な性格になったのかな……)
先ずは疑え、隙を見せるな、あらを探せと、以前培ったものが前面に出てき過ぎてしまっているようだ。
「どうぞお座りください」
でも今はそんなことを気にしている暇はない。
だってリオルガが私と弟を見てにこにこしているし、私はこの素晴らしいお菓子たちを堪能出来るし、シリルは兄と並んで座れて嬉しそうだから。
(よし、沢山食べるぞー!)
これは気合を入れて食べ……おもてなしをしなくてはと、給仕についてくれているジーナさんに取り分けを頼んだ。
甘い物からの塩気のある物。途中にノンシュガーの紅茶を挟み、再び甘い物から始める。
ここは天国だろうか?と二つ目のフルーツサンドを口に運び、至福を噛み締めながら次の獲物を選別しにかかると、丸テーブルの右隣りに座るリオルガからふっと笑う気配がした。
「……ん?」
「すみません、とても可愛らしくて。甘い物がお好きだとは知っていましたが、街に立ち寄ったときとは比べものにならないほど嬉しそうですね」
「街で食べた物も美味しかったんですよ?でも王宮の物はそれ以上に美味しくて」
「分かります。うちで出てくる物より上品な味がしますから」
「伯爵家よりも?」
「はい。今度何か作らせてお持ちします」
伯爵家のお菓子も凄く気になると頷き、ハッとする。
「シリル様は、お味はいかがですか?」
リオルガと話す度にチクチクとシリルから圧のある視線が飛んでくるので、もてなす方としては気を付けなくてはいけない。
お兄ちゃん大好きっ子だとは聞いていたけれど、これほど露骨に兄に近付くな、話すな、とムッとされれば嫌でも気付いてしまう。
「とても美味しいです」
「シリルはスコーンよりプレッツェルだったかな?」
「はい。兄上が取ってくれるのですか?」
目を輝かせるシリルの何と尊いこと……。
二人が並ぶ姿を見ているだけで何だかお腹が空いてくる。
「ジーナさん。スポンジケーキとジャムが欲しいです」
小声で頼めば、私のお腹を見たジーナさんが「もう一つだけですよ?」と笑う。
ドレスのお腹周りはボリュームがあるので、多少膨らんでいても分からない筈と、お皿の上にやってきたケーキをナイフで切る。
「リスティア様は、こうしたお茶会には慣れているようですね」
「……え?」
「食べる順番、紅茶の飲み方、カトラリーの置き方など、どれも完璧なので。所作も美しくとても参考になります」
「ありがとうございます」
シリルに曖昧に微笑みながら、この子ずっと見ていたの!?と慄く。
完全に無意識だったので、今から平民のように振る舞ったら不自然でしかない。
もうずっとこのような生活を送っていなかったのに、それでもまだこうして身体が勝手に動くのだから、あの頃の私の努力は凄まじいものだったのだろう。
「こうしたことは、母から教えてもらいました」
けれど私にはちゃんとした言い訳がある。
元貴族、元側室の母から教わったと言えば、母のことを知っている人達なら誰もが納得する筈だから。
「母のことは?」
「私は陛下からお聞きしました。シリルにはまだ」
「そうですか、それならあとで説明してあげてください」
「承知いたしました」
今日は私的なお茶会なのに、護衛騎士のように返事をするリオルガに笑うと、左隣からまたもや圧が。
「そう言えば、国王陛下が管理されている庭園のお茶会にご招待されましたと父上に言ったら、とても羨ましがられました。ここは誰もが入れる場所ではないからと」
「私も長年お側にお仕えしていますが、初めて入りました」
「兄上もですか?」
お揃いだと喜ぶシリルを眺めながら、紅茶に口を付ける。
思っていたよりとても素敵なお茶会になったと締め括りたかったのに、そうはさせてもらえないらしい。
リオルガとシリルの死角から、この美しい花畑を荒らすように雑に歩いて来る二人組の姿を見つけ、そっと溜息を吐いた。




