獲得するモノ
海は広い。
海を見たことがなくとも、その事実は誰もが知っている。
海の広さを知った水の魔王の好奇心は、そこに住む者たちに向かった。
海は広く、たくさんのことが起こっていた。
その中で最も多かったのは『死』だ。
出会い。
別れ。
この世界に住む生物達に取っての当たり前。
それを水の魔王は見た。
出会いを見た水の魔王は『喜び』を知った。
別れを見た水の魔王は『哀しみ』を知った。
時に別れには再会を期待する『楽しみ』があることも知った。
更に海を見ていると、『争い』があった。
そこでは『怒り』と『憎しみ』を知った。
水の魔王の胸がざわつく。
水の魔王はそのざわつきが何かわからないまま、自分の家のような湖に戻る。
湖に戻ると…スライムの様子がおかしい…。
スライムは小さく、水のように透き通っていた。
だが、今のスライム達はとても水のようだとは言えない。
何も変わっていないスライムはもちろんいる。
身体に植物の生えた緑スライム。
身体が砂のようにサラサラになっている砂スライム。
身体の大きさが何倍にもなった大スライム。
水の魔王が心を成長させている間に、スライム達はその存在を成長させていた。
気になる。
スライム達がこの短期間でどのように成長したのか、水の魔王は観察することにした。
それほど永くもない時間で、その事実は判明した。
緑スライムは多量の植物を取り込んだ。
砂スライムは多量の土を取り込んだ。
大スライムは多量の生物を取り込んだ。
取り込んだ物の量が一定に達すると、スライム達はその身体を変質させるようだ。
水の魔王はそれを真似した。
だが待ってほしい。
水の魔王は全てが規格外だ。スライムとは存在そのものが違う。それは何事においても規模が違う。
湖の広さが五倍になった。
水の魔王はそれによって更に広い世界を知ることになる。
それと同時に、広い世界も水の魔王を知るのだ。
湖からそれほど離れていない場所に、森の民達が住んでいる。
森の民。またの名をエルフ。
エルフは半精霊の種族だ。
「世界樹に宿る偉大なる原初の精霊よ。我らに救いを……」
エルフの祖先は元人族である。
人族が精霊の力を分け与えられ、その身体を精霊とほぼ同一の存在にした種族だ。
故にエルフは長命である。ただし長命なだけで寿命はある。現にエルフの長はもう十代目だ。
『私でも叶わぬ存在が現れた』
エルフの眼前に世界樹から溢れた光が集う。
世界樹に宿る原初の精霊。その分体である。
「お戯れを。そのようなことはありえません」
身近で原初の精霊の力を目の当たりにしてきたエルフは認めない。原初の精霊が負けるということは、この世界の誰も手出しが出来ないということだ。
『嘘は言わない。知っているだろう?』
「………。真実なのですね……」
項垂れるエルフ。しかし諦めてはならぬと奮起し顔をあげたそこにソレはいた。
原初の精霊の後方、世界樹の根元に。
『―――?』
ソレは不思議そうに首を傾げ、世界樹を観察していた。
それが視界に入った瞬間に、エルフの魂は怯えた。その禍々しさに、魂から叶わぬと悟った。
『ッ!貴様……いつの間にそこに……!』
原初の精霊が偉大なる光を放つ。エルフやこの森を守護してきた神秘の光だ。
だがそれは間違いだった。
ソレの前で光が曲がり原初の精霊を貫いた。
『馬鹿な……』
エルフの目に見えたのは、放たれた光に合わせて薄い水の膜が出現するのを。
「水…?」
光に貫かれた原初の精霊の内側から水が溢れた。
『こんな…禍々しい…精霊は…知らな―――』
原初の精霊の言葉はそこで遮られた。溢れた水は原初の精霊を覆い溶かす。
『―――私、は…水の精、霊?』
ソレは言葉を発した。
そこでエルフは妙な違和感を覚えた。
先程までの魂の怯えがない。いや、ソレの禍々しさが薄れている。
完全になくなった訳では無い。薄れているのだ。
『これ―』
ソレから光が放たれる。
『―――欲しい』
エルフとこの森を守護してきた偉大なる神秘の光。
幾度となく救われ、見慣れた光。
「まさか……取り込んだというのか…?分体とはいえ…そんな…まさか………」
ソレから放たれた光は綺麗な曲線を描き、水を帯びながら世界樹を縛り付ける。
「天の……鎖……」
光から水が溢れ出し、世界樹を覆い溶かす。
一瞬。原初の精霊の反撃すら許さずに取り込んだ。
『天の鎖…。気に入った』
先程よりも流暢に喋るソレは、確かな意志を持ってエルフに歩み寄る。
『私に名をつけてほしい』
唐突な無理難題。千年を生きたエルフであっても、これ程の無理難題を突きつけられたことはない。
だがしかし、自身でも驚く程にその名は流れるように口から出た。
「レヴィアタン」
こうして水の魔王は、名と心を手に入れた。