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生離死別

 身体ができてきたため、戦闘訓練はより本格的になった。基礎を修めたため、教育もより高度になった。まだ成人前だが、心身ともに十分に成長したため、公務が組み込まれることになった。

 学校にいたときは、生活の場が学校と寮であったため、セツと過ごすことができなかった。その学校ももう卒業したのだが、今度は忙殺されてセツとの時間を取れなくなってしまったのだ。“完全なる私室”にもどることもあるが、セツの顔を見た途端、安堵で眠くなってしまう。多少の眠気などいくらでもねじ伏せるのだが、セツに『眠そうですよ』と言われるともうダメだった。温かな手に触れられ、気がつけば朝ということが何度もあった。

 また、セツと過ごす時間がほとんど取れなくなってしまったのだ。今度は、務めと学びと鍛錬が同時にあるためだ。

 学びと鍛錬は、いつまでもついてくるが、己の裁量で調整できるようになるのは成人以降である。つまり、成人でセツが自由になったときには、デルウィンも己の責任とともに自由をえることができるのである。




 成人の儀は、年が明けたその日に行われる。雪解け水で身を清め、それを区切りとして成人と認められる。昔は全身を清めていたらしいが、今は手と口を濯ぐくらいである。成人の儀も、近年は参加は任意だ。成人するみながみな、儀式を受けるわけでもない。デルウィンは王族であるため、不参加とはいかないが。

 その日、“完全なる私室”はただの部屋になる。結界の効力がなくなるのだ。それを確認してセツを連れ出し、成人の儀をみてほしかったのだが、公務とのスケジュールがあわず、城に戻らず成人の儀が執り行われることになった。連れてきてもらってもよかったのだが、セツをあの部屋から連れ出すのは己でありたかった。

 礼服に着替え、早朝、朝日の中で儀式は行われた。以前にセツに聞いたのだが、セツの国の言葉では、水ではなく雪にも洗い流す意味があるそうだ。もう形骸化してしまった儀式だが、セツの言葉でいくらか浮かれた気持ちにもなるというものだ。

 礼服は着替えの際に褒めちぎられたので、そのまま城にもどることにした。

 責任を負うと同時に、自由をえることになった。やっと、責任を負えるのだ。セツを負えるのだ。

 足音が細かく響く。デルウィンは飛び込むように、ただの部屋になった私室に入った。

「戻ったぞ、セツ!」

「成人の儀、お疲れ様でした。デルウィン殿下」

 迎えてくれたのは、セツではなく掃除中のセバスだった。

 部屋はすっきりしていた。セバスの掃除のためではない。セツが翻訳のために溜め込んでいた資料がすっかりなくなっていた。セツの私物も。セツも、いなかった。

「セツはどうした?」

「出ていきましたよ。引越のお手伝いをしましたので、残作業の掃除をしていたところです。部屋に勝手に入るななどという思春期みたいなこといわないでくださいね」

「言わないが……何故?」

「そりゃ、やっと自由の身ですからね。出ていきますでしょう。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。ちゃんと仕事も見つけたうえで、出ていかれましたから。しっかりしていらっしゃいますね。殿下と親子ほども年の離れている方に言うことではありませんでした。すみません」

 信じたくないが、セバスの言葉を信じるならば、セツはデルウィンに何も言わず出ていってしまったことになる。

「何故……どこへ……」

「お答えしかねます」

 デルウィンはセツの言葉を一言一句おぼえているわけではないが、それでも些細なことまで記憶している、成人の儀が近づき、結界の効力がなくなった後には連れていきたいところがたくさんあると語った。窓を開けることはできるが結界に阻まれ身を乗り出すことはできないセツは、四角く切り取られた外しか見たことがない。書物や会話で得られる情報も限られている。そんなセツを連れて回りたかった。父が治める国を。いずれデルウィンが治めることになるかもしれない国を。セツは、『楽しそうですね』『おもしろそうですね』とは言ってくれたが、例えば『楽しみです』という期待や未来に対する言葉を使っていなかった。

 セツの想定する未来に、デルウィンはいなかったのだろうか。

 そんなはずはないと思いたかったが、巧妙に隠そうと思えばいくらでも隠すことができただろう。他人の心の中を見ることなどできない。本心は、そう簡単に知ることはできないのだ。


「父上、セツをどこにやったのですか」

 デルウィンはその足で執務室まできていた。年始は人前に出る公務も多いが、ちょうど捕まえることができた。

「それは、年が明けて早速忙しい私にわざわざ確認することか?」

「はい。私の最優先事項です」

「そもそも私が知っている根拠あって、聞きにきているのだろうな?」

「えぇ。根拠というには弱いですが、総合的に一番可能性が高いと思っています。セツの勤勉さは強迫観念の域です。ただ庇護下におかれることを望まず、何か報いていなければ後ろめたいと思うほどに。呪毒対策室からの要請も断らず手伝い、父上からの翻訳依頼もまったく断らなかったと聞いています。そんなセツだからこそ、自由になったときのことを考えると、まずは生活をどう成り立たせるかを考えるでしょう。どうやって収入を得るか。父上が依頼していた翻訳作業はとても意義がある。そこに職を求める可能性が高い。呪毒対策室絡みでも、父上を経由すると思います。部屋からの退去を手伝ったセバスが何も知らないことなくセツを手伝うことはない。手伝え、口を閉ざせという命令のもと手伝ったと考えることが自然です。私が聞いたとき、セバスは“知らない”ではなく“答えられない”と言った。口止めができるのは、父上くらいでしょう。それに加えて──」

「わかった。根拠はもういい。白状しよう。セツに職と生活の保証をして送り出したのは私だ」

「では、セツはどこにいるのですか!」

「それは答えられない」

「何故ですか!」

「セツ本人がそう望んでいるからだ」

 ガンと頭を殴られた衝撃だった。

 ありえない、と思った。セツがデルウィンを拒むことなど。

 言葉を失うデルウィンに、父は口を開く。

「お前はセツを手の上に乗せていたという自覚はあるか?」

「え?」

「セツの命を握っていたという自覚はあるか?」

「えぇ、はい。それはもちろんです。だから、大切にしてきました。幼いことは考えが至らないこともありましたが」

「そうだ。セツは、お前の恩情がなければ生きていけなかった。セツは、それから自由になったのだ」

 突きつけられる。セツは、デルウィンを選ばざるを得なかったのだ。今はもう、地に足がつき、デルウィンという命綱は必要なくなった。

 デルウィンの機嫌を損ねることは得策でないと。命に関わりかねないから、媚を売っておこうと。セツはそんな事を考えていたのだろうか? 顔を真っ赤にしながらも、ほほえみ、拙く伝えてくれた“大切に思っている”という言葉が嘘だとは思いたくなかった。

「探すな、とは言わない。だが、公務に支障がないように。それはお前が生まれたときより負っている責務だ」

「……はい」

 父が秘匿した以上、もうそこからは情報を引っ張り出せまい。セツは自力で探さねばならない。

 しかし、そもそも探すことは正解なのだろうか? 本当に自らの足で退去したのか。それを確認するために探すべきなのか。もし、本当にデルウィンから逃げるように出ていったのであれば、その事実に自分は耐えられるだろうか?

 デルウィンは思った。あのとき、子どもっぽいなどと意地を張らず、セツを抱きしめておけばよかった。


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