七十八話 祝賀会
王位継承権を賭けた試合のあった夜、王宮では新たな王太子となったサディアスの祝賀会が開かれた。
ブレントや彼の支援者たちの姿はなかったが、それでも沢山の招待客で会場は賑わっている。
「サディアス王太子、お久しぶりでございます。私のこと覚えていらっしゃいますか?」
「我が娘を紹介させてください。この子は昔から、王太子をお慕いしておりましてな」
先程からサディアスの元には、引っ切り無しに招待客たちが挨拶に訪れている。
特に若い女性や、娘を紹介したいと言ってくる貴族の男性が多いようだ。
「お前も挨拶に行かなくて良いのか?」
飲み物を片手に遠目でそれを見ていたパトリシアへクラウドが聞く。
「今はいいです」
急ぎの用事はないし、ギラギラしたあの雰囲気の中に割り込んで行くのは遠慮したい。
これも全部、先程の挨拶で、これを機に「王妃は、必ずしも刻印を持つ聖女である必要はないとする」と国王陛下が宣言したせいだろう。
「遠慮せずともお前の身分は、サディアス王太子の婚約者候補として誰にも引けを取らないぞ」
聖女候補という肩書きがなくなったとしてもだ、とクラウドは言うけれど……もし、陛下の中に聖女じゃない娘を王妃に迎えることに意味があるという考えがあるのなら、自分は最もサディアスの婚約者としては縁遠い存在になってしまったともいえる。
「やっぱり……今はいいです。せっかくの祝賀会を楽しみましょう」
パトリシアが笑顔を見せると、それ以上クラウドがなにか言ってくることはなかった。
暫くクラウドと話していたパトリシアだったが、クラウドも挨拶に来る知人の対応に追われ始め、パトリシアはそのうち一人壁際に移動してのんびりしていたのだが。
「お久しぶりです、パトリシア嬢」
突然なんとなく見覚えのある青年に話しかけられた。
たしか随分と前に社交界でお会いしたことのある、少し年上の貴族の青年だった気がする。
失礼のないよう「お久しぶりです」と挨拶を返すと、頬を赤らめた青年は「覚えていてくださったのですね」と表情が明るくなった。
「相変わらずお美しい……ずっと、またお話ししたいと思っていたのです」
「え?」
「失礼、私もずっとパトリシア嬢に憧れておりました」
そこへ、もう一人の青年が話に割り込んできた……のだが。
「パトリシア嬢、わたくしと一曲踊っていただけませんか?」
さらにもう一人、横からダンスの申し込みと共に男の手が伸びてくる。
「えっと……」
こんなことパーティーに出ても今まで一度もなかったのにと驚いてからふと思う。
(そっか。先程陛下の宣言があったから?)
あれにより、パトリシアも王太子の婚約者ではなくフリーの身になったのだと周知されたことと同じだ。
今までブレントの婚約者ということで、声を掛けられなかった男性たちが一気に集まりだす。
パトリシアが驚いているうちに「自分と踊ってください」といくつもの手が目の前に差し出された。
こんな経験今までなくて、リオノーラは、いつもこういう時にどうやって対応していると言っていただろうか、と思い返していると。
「パトリシア嬢、一曲目はどうか私と踊っていただけませんか?」
「サディアス様!」
本日の主役の登場に、パトリシアへ群がっていた貴族たちも、さすがに道を開け譲る。
パトリシアは素直に自分の心に従って「よろこんで」とその手を取ったのだった。
そういえばサディアスと踊るのは、これが初めてのことだ。
けれどお互いに知った仲だからか、彼のエスコートが上手いのか、違和感なく踊りやすい。
ただ、サディアスが先程から難しい顔をしているのが少しだけ気になるのだが……
「……油断も隙もないな」
「え?」
サディアスのボソッと聞こえた呟きに顔をあげる。
「ある程度予想は出来ていたけど、君がフリーになった途端、タガが外れたように男たちが寄ってくるから……」
「ふふ、そんなこと言ったら、サディアス様の方がご令嬢たちに囲まれてすごかったじゃないですか」
「……そうだね。でも、余裕がないのは俺だけみたいだから、余計に焦ってるんだよ」
首を傾げたパトリシアの耳元に口を寄せると、サディアスは囁いた。
「少し、二人で抜け出そうか」
「えっ、でも」
「ダメ、逃がさない」
さすがに主役が抜け出すのはダメじゃないかと言う前に、ニッコリと有無を言わせぬ笑みを浮かべたサディアスが、パトリシアをさらに自分の方へ引き寄せた瞬間――
「きゃっ!」
二人の姿は、魔法により会場から突如消えたのだった。




