七十二話 【冬・聖夜祭編】長い夜の終わりに
「……っ」
目を覚ましたパトリシアは、いつの間にか自室に運ばれベッドに寝かされていた。
「気分はどう?」
ずっと枕元についていてくれたらしいサディアスの顔を見て無事で良かったと安堵したが、すぐに家族の事が頭を過りハッとする。
「みんなは?」
無事を確認したくて身体を起こしベッドから飛び降りかけたパトリシアを、サディアスが制した。
「安心して、全員無事だよ。みんな、君に付き添いたがっていたんだけど。無理を言って二人きりにしてもらっているんだ」
「そう、よかった……サディアス様も、お身体は大丈夫ですか?」
「ああ。全部、君のおかげだ。本当にありがとう」
「……サディアス様がいてくれたから、わたしもここで挫けちゃいけないって思えたんですよ。こちらこそ、あの時は、助けてくれてありがとう」
「そっか……約束したからね。俺が君を守るって」
パトリシアの言葉を聞いて、サディアスは少し照れくさそうに笑った。
その後、チェンバレン伯爵は連行されたと聞きホッとする。
これで本当に全て解決したのだろう。長かった聖夜祭の夜が終わったのだ。
けれど、どこか晴れないサディアスの表情を感じ取りパトリシアは少しだけ不安になった。
わざわざ二人きりにしてほしいと頼み付き添ってくれていたのには、理由があるのかもしれない。
ボロボロのままサディアスの上着を肩から掛けられ寝かされていた自分の格好を見るに、彼がなるべく自分を誰にも触れさせず、近付けさせなかったことも伺える。
「あの……これで、サディアス様が追っていた事件は解決したんですよね?」
不安げな表情を浮かべパトリシアが尋ねると、彼はそうだよと頷くけれど。
「……それならサディアス様は、なにを憂いているの?」
指摘されサディアスは、少し言いづらそうに言葉を選んでいるようだった。
「その胸元の刻印って……」
「え?」
ボロボロのネグリジェは、戦いでボタンが二つ程取れていて、胸元が開いている。そこに浮かぶ刻印がチラッと見えるほどに。
「あ、君が寝ている間に、勝手に確認したりは断じてしてないから! ただ、少し見えてしまったというか……」
サディアスが言いづらそうにしていた理由を察し、パトリシアはクスッと笑ってしまった。
「ふふ、大丈夫ですよ。ブレント様じゃあるまいし。寝ている間になにかされたなんて思いません」
「そっか、よか……え、ブレントに寝てる間になにかされたことあるの?」
次の瞬間、薄い笑みを浮かべたサディアスから、ブワッとどす黒く冷たいオーラが溢れ出た気がして、パトリシアは慌てて首を横に振った。
「まさか、ものの例えです!」
「そう、だよね。……アイツなら寝込みを襲うとかやりかねないけど」
サディアスの表情が一応元に戻り、パトリシアもホッと肩を撫で下ろす。
うっかり忘れかけていたが、そういえばここの兄弟仲は最悪だった。あまり彼の前でブレントの名前を出すのはやめよう。その逆もまた然りだが。
「えっと……それでね、とても大事なことだから聞いてもいいかな?」
パトリシアは、真剣な顔つきのサディアスに、もちろんと頷く。
「それ、聖女の刻印だね」
「はい……伯爵を止めるためにラファエル様に力を貸していただきました」
「待って、君って天使の声を聞くこともできたの?」
驚くサディアスに「いつも好きな時にと言うわけではないですけど」と頷いた。
彼の反応を見るにそれは普通の事ではないらしい。
「そう……じゃあ、それは紛れもなく本物の刻印なんだね」
サディアスは、やはり複雑そうだった。
「聖女候補なら、いずれは授かるものなんですよね?」
「いや……正直に言うと、少なくとも数百年は、この国に刻印を持つ聖女なんて本当は存在していないんだ」
「え?」
そういえばラファエルも言っていた。
王妃たちの刻印は、紛い物だと。
王子たちに与えられる竜の刻印と同じで、聖女の刻印も頃合いをみて人為的に彫った印をまるで神聖なモノのように言っていただけなのだと彼は教えてくれた。
伝承にあるような聖女は知らないが、近年の聖女たちの刻印は全てそうなのだと。
今の王妃様も、その前もずっと……
いずれパトリシアも、内密に刻印を入れるよう王室から言われるはずだったようだ。
道理で歴代聖女たちが刻印を授かったとされる資料をいくら調べても、ふわっとした内容でしか書かれていなかったわけだと納得した。
「呆れただろ。じゃあ、一体なんのために占いまでして聖女を選出していたのかって」
「それは、確かに」
「一番の理由は王族を国民に神聖な存在と印象付けるためだよ。それに実際問題、光属性の娘を探すのは簡単じゃない。王室付きの占い師の手に掛かれば、その数少ない中で一番力が強く王家に相応しい娘を選ぶことができるからね」
「そうだったの……」
パトリシアは、なんだか色々拍子抜けしたと同時に、複雑な思いがした。
その古い慣わしさえなければ、自分は怒涛の幼少期を過ごすことなく、今も村娘として幸せに暮らせていたのかもしれないと。
「君もこの腐敗した王室の慣わしの被害者だったね、ごめん」
サディアスはパトリシアの気持ちを察したようだった。
「サディアス様が謝る事じゃないです。それに……辛い事も沢山あったけど、今わたしは幸せだから」
「そっか」
幸せと言い切ったパトリシアの嘘のない瞳を見て、サディアスの表情も少し和らぐ。
新しい家族や心から信頼できる友人、それにサディアスにだってただの村娘のままじゃ出会えなかった。
その全てを失う代わりに村娘に戻れると言われても、今のパトリシアには選べないぐらい大切な人たちだ。
そう思えば今までの人生も含め、パトリシアは受け止める事ができていた。
「それでね……話が少し逸れたけど、つまり君が本物の聖女の刻印を授かったというのは、大事件なんだ」
そうなのかもしれないけど、パトリシア的には特別自分が今までと変わった感覚もないので実感が持てない。
「ちなみに、この刻印があることで、どんな問題が考えられるの?」
「まず、国の庇護がないと、君の力を狙う組織や他国が争いを起こす可能性がある」
それは聞いただけで気分が重くなる。無駄な争いは避けたい。
「今まで通り王妃でいるなら、そういった外のいざこざからは守られるだろうけど……場合によっては、君の力をこの国に利用されるかもしれない。政の道具にさせられたり、王室内での派閥争いなんかにも」
聖女になることで、色んなしがらみを背負わなければならないということが、パトリシアにも分かってきた。
(でも、自分で決めたことだから)
やはり後悔はないとパトリシアは思う。
「とりあえず、その刻印のことは、極力秘密にしたほうがいいと思う。言わなければ、まさか本物の刻印を授かった聖女が現れるなんて誰も思わないだろうから」
「そっか、バレなきゃないのと同じね! じゃあ、わたしとサディアス様だけの秘密にしましょう」
聖女として崇められるより、今まで通りの生活を希望するパトリシアは、サディアスの意見に素直に頷いた。
「後は……俺が出来る限り君の自由を守れるよう努めるよ」
サディアスは、なにか思案した後、これは良い機会だったのかもしれない、と呟く。
「サディアス様?」
「近いうちに王位継承権を決める試合の再戦が行われるんだ」
「えっ」
それは突然のお知らせだった。
「次こそブレントに勝ってみせるから……見届けてほしい、君にも」
今までの色んな想いと覚悟の籠もったサディアスの眼差しに、パトリシアは驚きつつも頷いたのだった。




