七十話 【冬・聖夜祭編】闇を祓う光の翼③
「クッ、小癪な真似を」
「サイモン・チェンバレン伯爵。貴方を、マクレイン侯爵家襲撃及び禁術乱用の現行犯として拘束する」
間髪を容れずにサディアスの魔法陣が伯爵の足元に出現すると、闇色の鎖が伯爵の手足に巻き付き動きを封じた。
これで勝負はついた。俯き肩を落とした伯爵の姿を見て、パトリシアは一瞬そう思ったのだけれど。
「ククッ――ハハハハハッ、甘いわ、若造!!!!」
高笑いして顔を上げた伯爵からは、畏怖を抱いてしまうほど強大な魔力が解放され、拘束の鎖が砕け散る。
サディアスは、それでも冷静さを失わず次の魔法陣を宙に描き伯爵が放出する魔力を吸収し、力を抑制しようと試みたようだったが。
「無駄じゃ! いくらわしから力を奪おうとも、生け贄を使えばよいだけのこと」
今まで表情を動かさなかったサディアスが、ハッと青い顔をしてパトリシアの方へ振り返る。その瞬間。
「っ――!!」
パトリシアもサディアスも、内心「しまった」と思ったが、その時には遅かった。
パトリシアを囚えるよう足元に闇色の魔法陣が浮かぶと、全身に激痛が走る。
「きゃあぁあぁっ!」
身体をバラバラにされるような痛みと共に、足元からドロドロとした闇が這い上がってきた。
(不味い、このままじゃ……)
身体だけじゃない。心までもを、その闇に呑み込まれてしまうような感覚に、パトリシアは恐怖を覚える。
魔法で祓おうと試みても、今のなけなしの力では太刀打ちできない。
コロセ コロセ コロセ コロセ コロセ 目ノ前ノ男ヲ殺セ――
自分の意思とは違う思考に、頭の中が支配されてゆく。このままでは、自分は……人ではないものになってしまう。
「パトリシア!」
「ごめん、なさい……サディアス様……」
こんなことを彼に頼むのは酷なことだと察しながらも、この状況で足手まといになりたくない。
なんとか自分の意思が保てているうちにとパトリシアは思った。
「わたしを、始末してください」
なにを言っているんだと、サディアスは先程のように魔法陣を分解しようと試みてくれたようだが、強固なソレが消えることはなかった。
「ハハハハハッ、さあ、どちらがどちらを殺すのが先かな」
高みの見物を楽しむように片目を赤くギラつかせた伯爵が笑う。
あっという間にパトリシアの身体中が闇色の痣に侵食され、今にも意思を乗っ取られ暴れだしてしまいそうだ。
「きゃあぁあぁあっ!」
再び全身に激痛が走った瞬間、パトリシアの意識がプツンと途切れた。
虚ろな目をしたパトリシアは、なんの躊躇もなくサディアスに向かって風の矢を放つ。
それを魔法で弾いたサディアスへ、間髪入れずパトリシアは光の剣を出現させ飛び掛かった。
「くっ」
すんでのところで同じく闇の剣を出現させたサディアスは攻撃を受け止める。
しかし、完全に闇に心を侵されてしまったなら、もう自分では助けられない。そう思いサディアスは絶望を覚えたが。
「サディアス、さ、ま……お願い、します……わたしが、完全にオカシクなる、まえに……っ」
虚ろな目をしたパトリシアは、けれど消え入りそうな声でサディアスへ懇願してきた。
――わたしを、殺してください。と
まだ心が残っている。その事実にサディアスは、安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫だよ、パトリシア」
「っ!?」
突然パトリシアは、唇を塞がれた。
彼は、闇に侵食されたパトリシアの体を躊躇なく引き寄せ、暴れようとするパトリシアの頭を押さえ込み強引にキスをする。
伯爵はその光景を見て別れの口付けかと嘲笑っていた。
だが、そのうち不思議なことにパトリシアの思考がクリアになってゆく。
なぜかという疑問は、目の前の彼を見てすぐに察した。
「ぁ……」
「元に戻って良かった」
サディアスが闇を全部吸収してくれたのだ……自分の身体を代償にして。
「なん、で……そんな……」
闇色の痣がツタのように伸び、サディアスの美しい顔までもを侵食してゆく。
「ごめん。咄嗟じゃ、こんなカッコ悪い守り方しか思い付かなくて」
彼は、困ったような顔をして笑っていた。
「これはいい!! 今度は貴様がわしの傀儡となるか!!」
「誰がお前の傀儡になるか」
禍々しい闇のアザに身体中を侵されながらもサディアスは強気にそう答えた。
「フッ、生意気を言っていられるのも今のうちじゃ」
サディアスの意思とは裏腹に、伯爵が手を翳すと伸びてきた糸に操られるように、彼は伯爵の前に跪かされ頭を垂れる。
「くっ……」
「良い眺めじゃ。さあ、下僕よ。まずはそこの娘を始末しなさい」
伯爵が命令を下すと、ゆっくりと立ち上がったサディアスは、ゆらりゆらりとこちらを向いた。
その目は虚ろで、先程までの彼とは違う。
まさか……またサディアスと殺し合わなければならないのだろうか。
そんなこと自分にはできない。
けれど、自分が戦わなければ、家族が……マクレイン家にいる人々が……
(伯爵の魔法を祓える? 今のわたしに……)
悔しいけれど今の自分では伯爵の魔力に敵わない。
だが、それでもやるしかない。いつも気付かない所でも、自分を守り支え続けてくれた彼を、失いたくない!
パトリシアがそう覚悟を決めた時だった。
「ぐっ――」
サディアスの足元から魔法陣が浮かび上がり、先程より強固な闇色の鎖が彼自身の動きを封じる。
(なに?)
「わしの洗脳が完全には効かなかった? そんなはずっ!?」
もう一度、伯爵は手を翳しサディアスに命令を下そうとする。
しかしサディアスを操ろうと放った伯爵の魔力の糸を伝い、サディアスを拘束していた鎖が伯爵までもを絡み取ってゆく。
「なっ、なんじゃ、これはっ……まさか、そうか、時限魔法を仕込んでおったな」
再び鎖に縛られて、ずるずるとサディアスが展開した魔法陣の方へ引き摺られながら、伯爵は顰め顔をしていた。
(時限魔法? じゃあ、サディアス様は……)
自分の鎖に拘束されたサディアスは、虚ろな目をしたままだった。
彼は正気を保ち伯爵と対峙しているわけではない。
サディアスは、自分の体が乗っ取られた後の事まで視野に入れ、自分へ自分に時間差で発動する闇魔法を掛けたのだろう……あわよくば伯爵をも道連れにするよう罠を張って。
「どこまでも小賢しい!!」
踠けば踠くほど伯爵は鎖に絡み取られて、まるで蟻地獄のように魔法陣の中へ半身を飲み込まれてゆく。サディアスと一緒に。
「クソッ、わしを道連れにするつもりか!!」
伯爵は、最後の悪あがきをするようにマクレイン家を飲み込むほどの大きな魔法陣を出現させた。
その目付きは、もはや怒りに飲み込まれ人のものとは思えぬ形相だった。
「ココニイル、全テノ者ヲ生贄ニシテデモ、貴様ヲ奈落ノ底ヘ沈メテクレヨウ」
片目を紅蓮に光らせて、伯爵は呪うような声で告げる。
このままでは、サディアスの捨て身の策が破られる。そして、この屋敷に居る家族たちを生贄に、なにかとてつもなく恐ろしい事が起きる。
そんな予感がした。
(どうすれば……)
魔力の波動で吹き飛ばされぬよう蹲り、パトリシアは自分に出来ることを考える。
けれど自分の力では、悔しいけれど彼を救える方法がなにも思い付かない。
こんなにも自分の無力さを嘆きたくなったのは、いつぶりだろう……
その間にもサディアスの身体は闇に呑まれてゆく。
「サディアス様ー!!」
どう転んでもこのままでは彼を助けられない。その事実にパトリシアは絶望した。




