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六十七話 【冬・聖夜祭編】眠れぬ夜の始まり

 ずっと恐れていた聖夜祭がついに終わった。


 婚約破棄こそされたけれど、自分は断罪されることもなく、こうして我が家に帰ってこられたのだ。


 自室へ戻りメイドにドレスを脱ぐのを手伝ってもらいながら、パトリシアは少しずつそれを実感してゆく。




 早く帰って来たパトリシアをミアは心配そうに見守っていた。だから、今日あったことをなんて伝えたらいいかと思案しているうちにリオノーラも帰って来て、結局聖夜祭での出来事は家族全員の知るところとなった。


「ブレント殿下があんな方だったなんて幻滅です! ほんの少しサディアス殿下を見直しましたわ!!」


 サディアスと聖夜祭に出る事になった時、過去の因縁からあんな人とパトリシアがパートナーにと、リオノーラは複雑そうだった。しかし今日の出来事を目撃して少しだけ考えを改めたようだ。


「リオノーラも、あの時は、庇ってくれてありがとう」


 リュカに羽交い絞めにされても暴れるリオノーラの姿は、ミアが見たら卒倒するんじゃないかと思うほど勇ましかったが、彼女の気持ちが嬉しくてお礼を言わずにはいられない。


「なっ、なによ。当然のことですわ……家族なんですから」

 リオノーラは少しだけ恥ずかしそうに、プイッとそっぽを向いてしまった。


 ミアは正式に王室へ抗議すべきだとクラウドに訴えたが、クラウドは「陛下にもなにかお考えがあるようだ」とだけ答える。


 現在マクレイン家の周りに王室からの護衛が付いている件含め、ブレントの王位継承権剥奪に関してもクラウドは事前に何かしらの報告を受けていた様子だ。


「まあまあ、色々思う所はあるけれど、二人ともパーティーで疲れただろう。今日はもうお開きにしよう」

「お兄様ったら暢気すぎるわ!」


 リオノーラは唇を尖らせていたけれど、もう遅いということもあり、シッティングルームでの話し合いはそこでお開きとなった。


 部屋を出る時、リアムはパトリシアだけに聞こえる声で「国外逃亡の準備はしなくてよさそうだね」と囁き、優しく頭を撫でてくれたのだった。






「疲れた……」

 白いネグリジェに着替え大きな天蓋付きのベッドにうつ伏せで倒れ込んたパトリシアは、心底そう呟いた。

 肉体的にもだが精神的疲労のほうが勝るだろう。


「はぁ……わたし、これで助かったのかな」

 ごろんと寝返りをうち仰向けになる。薄暗い部屋の中は静けさに包まれていた。


 もう処刑に怯えなくていいのかな。皆とこれからも一緒に過ごせるのかな。ここにいられるのかな。


 まだ喜びを噛みしめられる程の実感は湧かなくて、ただ肩の荷が下りたような、ほっとした脱力感に襲われそのままパトリシアはウトウトと眠りについたのだった。






「キャーーーー!!」


 悲鳴が聞こえ目覚めたのは、深夜になってからのことだ。


「な、なに?」


 目を擦りながら起き上る。リオノーラの声が聞こえた気がした。


 なんとなく気になって様子を見に行こうとベッドから下りる。

 そして部屋を飛び出した途端に目にした光景にパトリシアは息を呑んだ。


 廊下にはアンデットに追いかけられ逃げ惑う使用人たちの姿があったのだ。


「ああ、パトリシアお嬢様よくぞご無事で!」


 執事長がこちらへ駆け寄って来るが、その後ろから黒装束に身を包んだアンデットが。


(危ない!!)


「ホーリーライト!!」


 闇を祓う魔法を浴びせると、アンデットはもがきながらその場にひっくり返った。

 だがまだ呻き声を上げながらピクピクと動いている。


(初級魔法じゃ消滅させられない……)


 良く見ると黒装束のアンデットの格好は、サディアスが手配し外を護衛してくれていたはずの人たちのものだった。


 彼らがアンデットと化し襲ってきている。非常事態だ。


「助けていただき、ありがとうございます」

 執事長は顔面蒼白になりながらこちらにやってくる。


「いったいこれはどういう状況?」

「わかりません。突然一階の窓から黒装束のアンデットが何体も……」


 庭にもうろついているアンデットがいて外に出るのは危険と判断した使用人たちは、二階へ上って来たという。


「リオノーラっ!! 目を開けてっ!!」


 突然、ミアの叫び声が聞こえてきた。やはり、リオノーラになにかあったのかもしれない。


「お嬢様っ!? 危険です、私が代わりにっ」

「いいえ、わたしが行きます! セバスは、今いる人たちを二階で一番大きな部屋へ避難させて!」


 心配する執事長にそう告げて、パトリシアはリオノーラの部屋へと走り出す。




 叫び声のした場所まで辿り着くと、部屋の前の廊下で、ミアが横たわるリオノーラを抱き上げている姿があった。リオノーラは血塗れてぐったりとしている。


「リ、オ……? うそ……リオノーラ!」

 駆け寄って確かめると、背中からざっくりと斬りつけられたようだったが、まだ脈はある。


「大丈夫です、ミア様。まだ助かります」

「本当に? でも、この子ぐったりしたままで、さっきから血が、血が、とまらないのっ」

 ミアは両手でリオノーラの傷を必死に押さえていたが、どくどくと血液が溢れ続ける。


「大丈夫、わたしが絶対に助けます」

 ガタガタと震えているミアの手に自分の手を重ねそう声を掛けると、すぐに治癒魔法でその大きな傷を塞いでゆく。


 外傷を治すことはできる。でも、これだけの血を流しているのは厄介だ。治癒魔法も万能ではないので不安になってくる。それでも、パトリシアはどうか目を覚ましてと祈りながら力を注ぎ続けた。


「ぅんっ……あら、わたくし……」

「リオノーラ!!」

 リオノーラは青白い顔色で薄らと目を開き、意識を取り戻した。


「母上、ご無事ですか!」

 ミアの叫び声を聞きつけたリアムも駆けつけてくる。


「リアム様、リオノーラをこの階で一番広い応接室まで連れて行ってください」

 リアムは分かったと頷いてリオノーラを抱き上げる。


「ああ、パトリシア。本当に、ありがとう。リオノーラを助けてくれて、本当にっ」

「当然のことをしただけです。それより、応接室へ逃げましょう。そこにアンデットたちが手を出せないよう結界を張ります」


 パトリシアが手を差し伸べると、ミアもヨロヨロしていたが、なんとか立ち上がり四人で応接室へと向かった。


 ただ、その道すがらリオノーラが気になる事を口にした。


「見間違いかもしれないけど……サディアス殿下を見た気がしたの」


「え?」


 サディアスは、することがあるからと城へ向かったはずだったが……

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