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六十三話 【冬・聖夜祭編】聖夜祭の始まり

 聖夜祭当日。


 普段は寮の規則で外出禁止となる時間帯。だが今日ばかりはブレスレットを着けている生徒のみ出歩くことが許される。


 煌びやかに装飾された学内で一番大きなホールは、華やかに着飾った女子生徒とそれをエスコートする男子生徒のペアで溢れかえっていた。


 そんな中でも会場に入ってきた瞬間に生徒たちの注目を集めたのは、ブレントとカレンだ。


「まあ、殿下がいらっしゃったわ」

「カレン嬢、さすが殿下に見初められただけのことはあるな」

「なんて愛らしい」


 ブレントが用意した淡いイエローのドレスに身を包み、この会場にいるどの女性よりも大きなピンクダイヤのネックレスを着けたカレンは、ふわふわとした栗色の髪をハープアップに纏め輝くような笑顔を振りまいていた。


「みんなこっちを見てるみたいで、なんだか緊張しちゃうな」

「当然だろ、今日のオマエはこの会場の誰よりも魅力的なんだ」

「うふふ、まるで本物のお姫様になった気分」


 嬉しそうに笑うカレンを見て、ブレントの気持ちも満たされてゆく。

 最近寝つきが悪いせいか今朝は聖夜祭にでる気分ではなかったが、やはり参加して良かった。


「殿下、カレン様、御機嫌よう」

「本当にお二人はお似合いで、この会場の誰より輝いて見えます」

「お二人と同じ空間にいられるなんて、光栄でございます」

 

 自分たちを遠目に見る生徒もいればこうして媚を売りにくる者もいる。


 今夜は無礼講なのだ。ブレントとしてはそんな夜にまでこうして擦り寄ってくる輩の相手をするのは正直気分が乗らなかったが。


「美しいネックレスですね。カレン様のためにあしらわれたかのようにお似合いです」

「実はこの日のために、ブレントに海外から取り寄せてもらったの」


 カレンは媚びてくる生徒たちのご機嫌取りにも嬉しそうに対応しているので、ブレントも彼らを追い払うことはしなかった。





 しばらくそんな談笑を続けていたのだが、そこへざわめきが聞こえてくる。


「なに、あれ」

 いつの間にか周りからの注目が自分たちから外れていたことに気付き、カレンが眉を顰めた。


 そこにいたのは……


「パトリシア……」


 それから隣にいる男は一体誰なのかと、最初分からなかった。あまりの変わり様に、兄のサディアスだということに。


「まあ、見違えたわ。あれがサディアス殿下?」


「素敵。パトリシア様と並んでも引けを取らない。美男美女ね」


「でも、あの瞳の色……」


「今時、オッドアイを不吉と呼ぶのは古い考えよ。とても綺麗だわ」


 遠目からうっとりと二人の姿を眺める生徒たちの姿に、ますますカレンの眉間の皺が深くなってゆく。


 顔を隠していた長髪をばっさりと切り、整えたサディアスは、正装を着こなし姿勢よくパトリシアの隣に立っているだけでいつもとは別人のようだった。


 決して公の場で外した事のなかった眼鏡も外し、露わになった端正な顔立ちに皆見惚れている。


 ブレントは驚きと動揺が隠せない。


 それはサディアスの素顔を見たせいじゃない。彼がオッドアイなのを隠すため眼鏡を着けさせられていたことは知っていた。そんなことより……


(なぜパトリシアがアイツと……)


 シンプルなドレスを着たパトリシアは、決して派手さはなく控えめだというのに、立ち振る舞いだけで人を惹きつける程に美しかった。


 面白くない。ギリギリと奥歯を噛みしめ顔を顰めると、機嫌の悪くなった二人から逃げるようにブレントたちを囲っていた取り巻きが散ってゆく。


「なにあれ……ここでサディアス様が眼鏡を外すなんて、おかしい。こんなの、おかしい」

 横でカレンがなにか言っていたが、ろくに耳には入ってこなかった。


 この裏切り者!! オレと言う婚約者がありながら!!


 そう怒鳴り込んでやりたい気分になったブレントは、しかしそこで自分の思考や感情の矛盾に気が付き止まる。


 自分はカレンを選びパトリシアを捨てたのだ。婚約も破棄するつもりなのだから、彼女を咎めるのは筋違いでしかない。


 それなのに……サディアスの隣で慎ましげに微笑む彼女を目にして、本当なら自分が彼女の隣にいるはずだったのにと、怒り震えるこの感情はなんなのだろう。


「――トッ、――ブレントってば!!」


「っ、なんだ」

 大きな声で名前を呼ばれハッとすれば、カレンがブレントの腕を引っ張っていた。


「早くあの人をどうにかしなくちゃ。また横取りされちゃう!!」

「横取り? なにを言って」


「お願い! 早くあの人がわたしに意地悪したこと、みんなの前で公表して!」


 カレンはまるで決戦に赴くような覚悟を決めた面持ちだった。


 戸惑うブレントも、腕にカレンが絡み付いてくるとモヤモヤとした思考が吹き飛んだ。


「ああ……そうだな。カレンに嫌がらせをするなんて許せない」


 寄り添ってくるカレンをエスコートして、ブレントは迷いなくパトリシアの元へと向かった。






 ただならぬ二人の雰囲気に驚いた生徒たちが道を開ける。それに気づいたパトリシアも、こちらに振り向いた。


「パトリシア」

「ブレント様」


「真の聖女であるカレンを妬み、オマエがした数々の嫌がらせ。その非道な行いは許されるものじゃない。よって、オマエとの婚約を破棄する!」


「っ…………」


 辺りの生徒たちがざわめきだす。


 そんな中、もっと焦るかと思っていたパトリシアは、最初からそう言われることを知っていたかのように落ち着いていた。


「ブレント様、わたしはずっとこの日が来ることが怖かった」


 それは自分がカレンにした悪事がバレることが、という意味なのだろうか。

 ブレントは、最初そう思ったのだが……


「けど……もう、怖くない。逃げも隠れもしたくない。自分の今までの行いに、恥じる事などなにもないもの」


 いつかふらっと消えてしまいそうだった儚さが、彼女の瞳から消えていた。

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