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五十六話 【秋・恋の攻防編】家族の絆③

 リアムと話し合った日の夜、その後パトリシアはクラウドの書斎に呼ばれた。


 そこで、先程は取り乱してしまったことを謝罪し、これからもこの家にいさせてほしいと伝える。


「もうクラウド様との約束だった、王妃になることも聖女になることもわたしには出来ないかもしれないのに、虫の良い事を言っているという自覚はあります。でも、どうかっ」


 なんと言われるだろうかと予想出来ず緊張の面持ちだったパトリシアへ、クラウドは書類の束を差しだす。


「これは?」

「読んでみなさい」


 言われた通り書類の束に目を通す。


 それはパトリシアが助け施設で静養していた女性たちのその後についての調査資料だった。既に全員が社会復帰し働いていたり結婚しているようだ。


 彼女たちからマクレイン家への感謝の手紙も添えられている。


「教会への援助は既にリアムに一任しているので私の配下にはない」

「…………」


「またお前の友人であるマリー嬢が養子に入った家の子爵は私と旧知の仲だ。彼らはマリー嬢を心から愛していると聞く。だから今さら私が手を出すことはない」

「それって……」


 もしかしたらクラウドは、はじめからパトリシアの弱みをどうこうするつもりはなかったのかもしれない。今初めてそのことに気が付いた。


「幼い頃のお前はどこか危うく、まだこの家にも馴染んでいなかった。だから、こうでもして縛り付けておかなければ勝手にいなくなってしまうのではないかと思ったのだ。許せ」


「いえ……クラウド様のおっしゃるとおりです。きっとマリーたちのことがなかったら、わたしは……」

 もっと早くこの家から逃げ出していただろう。


「私は一度お前の本当の両親と会っている。その時、約束したのだ。パトリシアを養子にしたなら、必ず立派な淑女に育て幸せにすると」

「え……」


 聞けばクラウドはあんな田舎の村まで自ら足を運び両親に会いに来てくれたらしい。


 聖女に選定されたパトリシアを養子にと名乗り出た名家はいくつかあったと聞くが、あの炎の夜パトリシアを託そうと両親が決めたのはクラウドだった。


 直接会いに来てパトリシアを幸せにすると約束してくれたクラウドの誠実さを両親は信じたのだろう。


「だからお前は、なにも気に病む事はない。聖女候補から外れても、今まで通りここにいなさい」

「クラウド、様……」


 涙で視界が滲む。

 クラウドは俯いたパトリシアにそっと寄り添い大きな手で頭を撫でてくれた。


「なにを思い詰めていたのか知らないが、なにがあってもお前を守ってやれるぐらいの力はある。安心しなさい」


「ありがとう、ございます」

 ようやく笑顔を見せたパトリシアにクラウドは優しい眼差しで頷いたのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「なんだと。ブレントがチェンバレン伯爵令嬢を選んだ?」


 国王陛下はいつもポーカーフェイスを崩さない人だが、今回ばかりは僅かに眉を顰め溜息を吐いたのが分かる。


 黒装束姿のサディアスは玉座の前で跪いたまま日課である報告を続けた。


「はい。このままだと、いずれ彼女を正妃に据えると言い始める可能性も」


「なんと……それは危険なことか?」

 陛下は白髪交じりの顎髭を撫でながら問う。


「そうですね……探れば探る程、チェンバレン伯爵には黒い噂が数多あります」

 王家との繋がりを強く持たせるのは危険だとサディアスは考えている。


「カレンのもつ聖女の刻印の件はどうなっている」

「申し訳ございません。まだ確証は……」


「お前の見立てを聞かせろ」

「……私の見立てでは十中八九紛い物かと」

「そうか……お前の人を見る目は信用している」

「ありがたきお言葉」


「やれやれ。こういった面倒事が起きぬよう、聖女の選定は一名だけとしたのだがな」

 陛下は顎髭を触ったまま、なにか思案しているようだった。


 この方は国王でありながら聖女を妃として祭り上げる制度含め、数少ない今の王室の体制に異を唱えている一人だ。


 自分が王である内に何らかの変革を起こしたいと考えているのかもしれない。


「サディアス、お前に今回の件、解決までの指揮を一任しよう」


 拒否権など最初からないのと同じなので、サディアスは「かしこまりました」と一礼し、下がって良しの言葉と共に玉座の間から退室した。






 人気のない城の薄暗い廊下を歩いていると、こちらの様子を窺う気配を感じた。


「……どうしたの。出ておいで」

 足を止めそう声を掛けると漆黒の装束に身を包んだ部下が目の前に姿を現す。


 その装束は王家の誇る隠密の中でも精選された部隊「ノワール」に所属する証だ。


「実は、例の――」


 耳元で囁かれた言葉を聞きサディアスは口角を上げた。


「そうか。下がれ」

 その一言で部下はまた闇の中へと姿を消す。


(黒幕の尻尾を掴むまで、あと少し。一か八かの賭けに出るべきか……)


 しかしこの先に踏み込めば、必ず……彼女を巻き込んでしまうだろう。 


「……どうすることが、俺が彼女にしてあげられる最善になるのかな」


 今日も一人で泣いていた大切な彼女に、今以上の負担は掛けたくなくて。悩ましい現状と、苦渋の決断にサディアスは顔を顰めたのだった。

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