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五十五話 【秋・恋の攻防編】家族の絆②

 手を引かれリアムの部屋まで連れてこられた。


 パトリシアの様子が落ち着くまで、リアムは待っていてくれるようだ。


 そっといつもの長椅子に腰を掛け、出されたハーブティーを口に含んで一息つく。

 リアムはそんなパトリシアの様子を見守り向かいに座ると、にっこりと笑って口を開いた。


「もしかしたらってずっと思っていたのだけれど、キミも転生者だね」


(キミも……?)


 予想外の第一声にパトリシアは息を呑んだ。

 リアムは、躊躇することもなく、もっと踏み込んだ話を始める。


 まず自分のことを話してくれた。前世は日本の平凡な男子大学生だったこと。


 事故に遭って転生したらしいこと。五歳になったある日、ここが前世で観ていたアニメとそっくりの世界だと気がついたことを。


「まあ、ボクはモブキャラだったから、そんな気負うこともなくこの世界での生活を楽しんでいたんだけど……パトリシアが我が家にやってきた時は、正直、驚いた。喜びのほうが勝ったけどね」


「喜び?」

 将来、自分の家を没落させる原因を作るかもしれない悪役令嬢がやってきたのに?

 パトリシアは首を傾げたが。


「だって、パトリシアの成長を間近で見守れるんだ。ボク前世でどんな徳積んだっけって思ったよ!」


 なんだかリアムの目がキラキラしているけれど、こんな時に、なにを言い出すのかと拍子抜けした。


「アニメのパトリシアは、けっこう過激なキャラだったけれど。ボクはCVが推しなこともあって好きだったから」

「えっと……」


「あっ、CVって言うのはキャラクターボイスの略だよ!」

「は、はい……」


「でも……出会った頃からキミはどこか達観していて、ボクの知ってるアニメのパティとは違っていて、そのうえたまに物憂げで……もしかしたらって思ってた。さすがに、根拠もなく転生者かどうかまでは踏み込めずにいたんだけど」


 今度はパトリシアの話を聞かせて、と言われた。


 パトリシアは包み隠さず今までの事を話した。前世の記憶はおぼろげだが、ここがアニメの世界に似ている事は、階段から落ちた日に思い出したこと。


 処刑される運命を変える為、今まで自分なりに努力してきたこと。


「でも、どんなにがんばっても、アニメの本筋からは逃れられなくて。運命は変えられないんだって、今日、それを悟って……」


 パトリシアの声が震える。この先に待っているのはマクレイン家を巻き込んだ破滅かもしれないから。


 けれど、リアムは至って冷静だった。


「うん。確かに、今のキミの状況だとそう思ってしまうかもしれない。けど、それはどうかな」


「え?」


「キミはアニメの内容を所々しか知らないようだから気付いていないかもしれないけど、もう既に一部分原作のストーリーから大きく外れているんだよ」


 そう言われ思い返してみても、パトリシアの記憶ではその大きく外れている部分が分からない。


 そんなパトリシアにリアムは教えてくれた。


「本来ならこの家に来るのはカレンで、パトリシアはチェンバレン伯爵家の養子になっていたはずなんだ」


「え……」

 ヒロインと悪役令嬢を受け入れるはずだった家が入れ替わっている?


「だから、この先、キミの身にどんなことが起きるのかは、アニメを観ていたボクも分からないけど……破滅だと、諦めるのはまだ早いと思うんだ」

 パトリシアの隣に座り、そっと彼女の目元に浮かぶ涙を指で拭ってくれながらリアムは言った。


「運命はあの日キミがこの家に来た時から、いやもしかしたらその前から変わっているのかもしれないよ。キミが今まで選んできた選択によって」


 そうなのだろうか。ちっぽけな自分には分からないけれど。


「だから……キミがこれからもボクたち家族と一緒にいることを望んでくれるなら、ここで逃げないでもう少し流れに身を任せてみない?」

「流れに?」


 今まで運命に抗う様に踏ん張ってきたパトリシアにとって、抗わず流されるという選択はとても怖いものだ。でも。


「悪役令嬢のパトリシアとしてじゃなく、この世界で生きているキミとしてなら、この先どんな選択をする?」


「っ!」


「今まで、自分が築き上げてきたものを信じて。大丈夫、君は一人じゃない。あの孤独なパトリシアとボクの可愛い妹のパトリシアは別人だよ」


 その言葉に、パトリシアは涙が止まらなくなった。ずっと自分を見守ってくれていた兄の言葉だからこそ、心に響いたのだと思う。


 リアムは、パトリシアが泣き止むまでずっと背中を撫で傍にいてくれた。

 やがて涙が止まったパトリシアは、今までにないぐらい心がすっきり軽くなっていることに気付く。


 そして、ポロリと本音が溢れた。


「わたし、これからもここにいたいです。大好きなみんなと、離れたくない」

 それが、アニメのシナリオに抗うためじゃない、自分の心からの願いだった。


「うん。キミならそう言ってくれると思った」

 リアムは、優しく微笑みその決断を応援するように頷いてくれる。


「あ、ちなみに、いざとなればキミを異国に逃がす準備はできてるから安心して。留学先で基盤を作っておいたからね」

「え!?」


「処刑の未来を知ってる以上、ボクも自分にできることはなにかずっと考えていたんだ。そして留学した」


「どうしてそこまで……」

 彼の留学には、そんな理由が隠されていたなんて。

 そこまでしてもらうようなこと、自分はリアムにしてあげられた記憶もないのに。


「だって、キミはいつも一生懸命だったから。一緒に暮らしていて、毎日慣れない環境に文句も言わず頑張ってるキミを見てたら……可愛い妹が処刑されるところなんて見たくないって思ったんだよ」


 いつもの優しい兄の目をして、彼はそう言ってくれた。


「……ありがとう、お兄様」

「はぁ、パトリシアボイスでお兄様って呼んでもらえるとか、ご褒美すぎる」

「ふふっ」


 頼りになって、でも少し掴みどころがなかった兄の新たな素の一面が面白くて、パトリシアはクスクスと笑った。

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