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五十三話 【秋・恋の攻防編】破滅の足音③

 騒ぎを聞きつけた生徒たちが、なんだなんだと集まりだす。


「パトリシア、カレンは寛大にも一言謝ればいいと言っているんだ。謝れ」

「なぜです? わたくしなにもしておりませんのに」


 一歩も引かないパトリシアにブレントがギリギリと奥歯を噛みしめたその時。


「……もういいよ、ブレント」

「カレン?」

「パトリシア様、謝らなくて大丈夫です。わたしは、あなたを許します」


(許すってなにを?)


 まさに聖女のような微笑みを浮かべそう宣言したカレンに取り巻きたち含め、通りすがりの生徒たちも思わず見惚れだす。


 なにを言っても、もうパトリシアの立場が悪くなるだけ。そんな雰囲気だ。


「ああ、カレン……」

 そんな空気の中、ブレントは感極まった様子でカレンの前へ跪くと、彼女の左手をそっと取り。


「オマエはなんて心清らかな女性なんだ。どうか……オレと聖夜祭に出てほしい」

「ブレント!! もちろんだよ!!」


 カレンはキラキラとした目で差し出されたブレスレットを受け取る。


 けれどハッとしたようにパトリシアの方を見てから眉目を曇らせた。


「どうしたんだ、カレン」

「わたし……やっぱり、受け取れない」

「なぜだ!?」

 絶望の表情を浮かべるブレントにカレンは言う。切なげな表情を浮かべながら。


「だって……パトリシア様が可哀相」


 カレンは一瞬、勝ち誇ったような目でこちらを見やる。


「彼女も、きっとブレントに誘われるのを待ってたんじゃないかな。それなのに、婚約者でもないわたしがでしゃばる事はできないよ……」


「カレン! パトリシアに気を使うのではなく、オマエの気持ちを聞かせて欲しい」

「でも……」


 戸惑いの表情を浮かべるカレンの両手をぎゅっと握りしめ、ブレントは熱い眼差しを彼女におくる。


「オレはもうオマエしか見えない。他の女なんて考えられない。どうか、オレと聖夜祭に出てくれ」

「ブレント……嬉しい。わたし、幸せになっていいのかな?」


 ウルウルと大きな瞳一杯に涙を浮かべるカレンに、親衛隊の面々もつられて涙を浮かべだす。


 パトリシアは皆がブレントとカレンに注目している隙に、その場を静かに立ち去ったのだった。






 少しでも人のいない場所に行きたくて、屋上までたどり着いたパトリシアは格子の前で蹲り溢れだした涙をポロポロと零した。


 悲しくて虚しくて色んな感情が入り乱れる。


(ダメだった……やっぱり運命には抗えないの?)


 目の前で聖夜祭への誘いを見せつけられたことにも傷ついたけれど、信じてもらえなかったことが思いの外辛かった。


 なにもしていないのに悪役として認識されてゆくことの恐ろしさに身体が震える。


(このままじゃ断罪される……逃げなくちゃ。聖夜祭の前にっ)


 けれど自分が逃げ出したら、教会の援助は? 療養施設にいる被害女性たちは?


 以前クラウドに言われた問題が頭を過る。


「パトリシア嬢」

「っ!」


 誰もいないと思っていた屋上で急に名前を呼ばれたのでハッと驚いて顔を上げると、目の前には静かにこちらを見守るサディアスがいた。


「……最後の悪あがきをする前に振られちゃいました」

 沈黙を破る様に涙を拭ったパトリシアは笑って見せたけれど、サディアスは悲しげだった。


「たとえ、他の女性へ気持ちが傾いてしまったのだとしても、あんなやり方は許せない」

 サディアスにしては珍しく、彼の声音に隠すことのない怒りが滲んでいる。


 あれだけ注目を浴びていたのだ。サディアスの耳にも先程の騒ぎが入ってきたのだろう。


「……もう、あんな男の事で泣いてる君を見るのは辛いよ」

 ブレントに対してだけの気持ちで泣いているわけではなかったが、この涙の一番の理由は話せない。


 これは、大切な人たちと別れなければならない悲しさからくる涙なのだから。


 そんなパトリシアの気持ちをどう解釈したのか分からないが、次の瞬間……キツくサディアスに抱きしめられていた。


「サディ、アス、様?」

 ビックリして涙も引っ込む。


「君が彼女を突き飛ばすなんてバカな真似するはずないのに」

「っ……」

「あの場へ、すぐに君を助けに行けなくてごめん」

「そんな……」


「パトリシア」

 ぎゅっと両手を握りしめられ見つめられる。分厚い眼鏡と前髪で隠された眼差しには熱が込められているような気がした。


「もう、あんなバカ見限りなよ。そして……聖夜祭、俺のパートナーになってほしい」

「え……」


 突然のことに驚いてパトリシアはなんと言葉を返して良いのか分からなかった。

 けれどサディアスは覚悟を決めたように赤い石のついたブレスレットをパトリシアに差し出す。


 心臓がうるさいぐらいに騒がしい。


「ずっと、我慢してた……けど、もう遠慮するのはやめる」


 なにを言われているのか頭で理解するまで時間が掛かり、しばらく沈黙が続いたけれど、それでもサディアスは、いつものように自分の発言を取り下げなかった。


「受け取ってほしい」

「で、でも……」

 恐怖で声が震える。


 アニメのパトリシアはブレントに裏切られ、その腹いせに無理矢理サディアスを言い包め彼と聖夜祭に出たのだ。パーティーを無茶苦茶にしてやろうと。


 だが聖夜祭で断罪され、サディアスにも裏切られていた事を知る。


(それはあまりにも残酷で、もしサディアス様にそんなことされたらわたし……)


 ――きっと……立ち直れなくなってしまう。


「俺は本気だよ」

「…………」


 彼は、ただ純粋に誘ってくれているだけかもしれない。アニメとは違う結末を迎えるかもしれない。


 自分のことを信じてくれて嬉しかった。


 サディアスは他人を信じる事に臆病な自分に何度も味方だと伝えてくれた。


(そのたびに、嬉しくて、でも、でもっ)


「ごめんなさい……聖夜祭には出れません」

「っ!」


 パトリシアは、サディアスの顔を見ることなく俯いたまま屋上を飛び出していった。


(もう、疲れた。なにもかも……今夜、この国から逃げ出そう)


 そう心の中で決意して。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なんで……」


 サディアスはパトリシアが飛び出していった方を見つめ呟いた。が、彼女を追い掛けることはしなかった。


(あんなことされても、ブレントがいいってことなのか……)


 出会った頃からずっと想ってた、憧れていた。

 でも手の届かない存在だった。自分には彼女の隣に立つ資格はないのだと気持ちに蓋をした。


 せめて彼女が幸せであるように見守る道を選ぼうと思った。これからも。


 でも……。


「…………もう、やめた」


 何のための我慢なんだと、全てがバカらしく思えてきた。


「俺のお姫様、大切にしないならお前なんかに渡さない。ブレント」


 もう自分は、あの頃の無力な子供ではないのだから。

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