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五十話 【秋・恋の攻防編】不穏のはじまり②

「ブレント様!!」


 息を切らせて医務室に飛び込んだパトリシアを、ブレントが驚いた顔で振り返る。


 しかし、彼はパトリシアの顔を見た途端、眉を顰めた。


「パトリシア……っ」

「ブレント様?」


 どうしたのだろう。いつもと雰囲気が違うように感じる。

 殴られた頭が痛むのかと、心配に思いながら駆寄ろうとしたパトリシアだったが。


「ブレント様は殴られたばかりで色々混乱しているんです!」

 まるでブレントを庇うようにカレンが声を上げ、パトリシアの前に立ちはだかる。


(なんでカレンさんがここに……)


 どうやら彼女は、ずっとブレントに付き添っていたようだ。


「彼の負担になるといけないから今日は帰ってください」

 すぐさま追い返そうとしてくるカレンに困惑しながらも、パトリシアは引き下がらなかった。


「そんな……でしたら、婚約者としてわたくしが付き添います」

「っ……確かにわたしはブレント様の婚約者じゃないけど、彼を一番に見つけて介抱したのはわたしです」


 だが、カレンも一歩も引く気がないようだ。

 ブレントの様子を窺ってみるが、彼はどこか虚ろな目をしている。


「ブレント様……今はパトリシア様より、わたしと二人きりの方が気持ちが安らぎますよね?」

「……ああ」

「パトリシア様には、出てってほしいですよね」

「……ああ」

 ぼんやりとしたままのブレントが頷くと、カレンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「そういう事です」

「そういう事って……待ってください、わたくしはっ」

「分かってください、パトリシア様。ブレント様が、出てってほしいって言ってるんですから!」

「っ!」


 カレンは、パトリシアの背を押し無理矢理医務室の外へと押しやる。

 そして、ピシャリとドアが閉められ、追い出されてしまった。


 このまま彼らを二人きりにするのは気掛かりだ。

 しかし、ブレントがパトリシアに出ていってほしそうにしていたのも事実。


 パトリシアは、胸のモヤモヤが晴れぬまま、仕方なく医務室を後にしたのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



(クソ、頭痛がひどい……)


 パトリシアの顔を見た途端、余計に酷くなったような気がする。


「ブレント様、もう大丈夫だよ。まだ寝ていてください」

「ああ……」

 パトリシアが出ていくと、カレンが駆けよりブレントの手を握った。すると、なぜか気分の悪さが晴れてゆく。


「…………」

 殴られた場所を確認するようにそっと触れてみたがなんの痛みも感じなくなった。


「……オマエの力で治してくれたのか?」

「うん、ブレント様が早く良くなりますようにって沢山お祈りしたの」


 なぜだろう。カレンから目が離せない。


「そうか……二度もオレを救ってくれたオマエは、オレの女神だな」


 カレンをみつめると、謎の高揚感が生まれ頭の中がふわふわする。そんな不思議な感覚に違和感を覚えながらも、ブレントは彼女の手を握り返した。


「ブレント様……」

 カレンは頬を染め嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 重たい足取りでトボトボと歩きながら、パトリシアは家に帰る気分にもなれず、先程事件が起きた場所に戻ってみた。


 ブレントを襲った犯人の手掛かりがなにか残っていないかと。


 人払いされたのか、野次馬たちも居なくなり辺りは閑散としていた。


(もし本当にアンデットが人を襲ったなら気配を追えるかもしれない)


 パトリシアは、目を閉じ意識を集中させる。


 辺りに薄らと闇魔法を使った気配が残っているように感じる。


 アンデットとは所謂死人であり、自分の意思を持って動くことは基本ない。

 なので、何者かが裏でそれを操り人を襲わせた可能性が高いはずだ。


 ならば、この残された闇の力の気配を追えば犯人に辿り着くかもしれない。


 パトリシアは、残された闇の気配のさらに深い部分へ踏み込むように、意識を向けてみた。


 ――オイデ……オイデ……


(え……?)


 どこからかしゃがれた声が聞こえてくる。


 ――マッテイタ、ズット……


(な、に……?)


 くらりとして、意識が闇の中へと持っていかれる。


 しまった! 罠だったのかもしれない!


 このままでは、意識が闇の中に閉じ込められる。しかし身体も思うように動かず、錯乱しそうになった瞬間――


「パトリシア!」


 名前を呼ばれ、肩を揺さぶられた瞬間、ハッとしてパトリシアは目を開いた。


「サディアス、さま……?」


 闇の中から引き上げられたような感覚がしてふらついたところを、そっと目の前にいた彼に支えられる。


「今、ここに残ってる闇の気配を追おうとしていたね」

「は、はい……」

「ダメだよ、正体も分からない相手に危険な真似をしちゃ」


 サディアスの言う通りだ。敵の力量も分からないのに、深追いしようとして罠に掛かるなんて。


「すみません。ブレント様が襲われて……少し冷静さを失っていたのかもしれません」

「……気持ちは分かるけど、犯人探しは調査員たちに任せて」

 素直に頷くと、ホッとしたようにサディアスも頷き返してくれた。


「今日は、俺が送っていくよ」

「え、でも……」

 迎えの馬車を呼べるし、先程の気分の悪さもすぐに治まった。だから、大丈夫だと伝えようと思ったのだが。


「俺が心配だから。送らせてほしい」

 そんな風に頼まれると、逆に断るほうが申し訳ない気持ちになってしまい、結局パトリシアは、彼に送ってもらうことにした。


(……先程の声は、なんだったんだろう)


 まるで深い闇の中から、自分を呼んでいるような……


 得体の知れない恐怖心から、パトリシアはもう一度事件現場を振り返る。


「…………」

「パトリシア嬢?」


「……すみません。なんだか、誰かに呼ばれているような気がして」

「そう……」


 気のせいだよ。と、サディアスなら言ってくれるような気がした。けれど。


「大丈夫……俺が守るから」

「っ!」

「君になにかしようとしたら、ただじゃおかない」


 パトリシアの肩を抱き寄せ、まるで見えないなにかに宣戦布告するように彼はそう呟いたのだった。


(サディアス様は、なにか知っているの?)


 いったい、なにが起きているのだろう。

 嫌な胸騒ぎばかりが大きくなってゆく。




 その後は、マクレイン家に送り届けられ何事もなく過ごしたのだけれど……色々あり過ぎて、なかなか寝付けないまま夜は更けていった。

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