四十六話 【秋・恋の攻防編】特別なブレスレット
木々も紅く色づき始めた頃、放課後にブレントは講堂へと呼び出されていた。
講堂の中には学院でも成績、家柄共に申し分のない選りすぐりの男子生徒のみが集められている。
(ああ、もうそんな時期か)
去年と同じ雰囲気からブレントはすぐに呼び出された理由を察した。
やがて学院理事が現れ、長くつまらない挨拶を終えた後、一人一人が壇上に呼ばれベルベット調の小箱を手渡される。
ブレントもその小箱を受けとり席に着いてから確認する。中には予想通り、紅い石の付いたブレスレットが二つ。聖夜祭への参加資格だ。
「……アイツも選ばれたか」
思わず眉を顰めてしまった。壇上に呼ばれ小箱を受け取っているサディアスの姿に。
(選ばれし者たちだけの宴の席と言われているが、その程度のレベルということだ)
そんなものに大した価値を見いだせないまま、ブレントは小箱を制服の内ポケットへしまったのだった。
講堂から中庭に出ると、待ち構えていたような令嬢たちがそれぞれの意中の相手へと駆け寄ってゆく。
そしてブレスレットを受け取ると皆満面の笑みになり、はしたないぐらい飛び跳ねて喜ぶ者もいるぐらいだ。
「ふん、くだらない」
ブレントはそんな光景を横目に、迎えが待機している馬車乗り場までの道のりである紅く染まった並木道を歩く。
「こんなもので飛び上がる程喜ぶ女がいるとは」
懐にしまっていた小箱からブレスレットを取出し光に照らしてみる。
シルバーのタグに校章と年号が刻まれ小さなガーネットの石が付いているだけのそれは、ブレントにとっては安い類の装飾品だ。
しかし世の女性たちはこのブレスレットを前に瞳を輝かせる。
だが、去年これを渡した時のパトリシアの反応を思い出してみると、あんなにはしゃいだ様子はなかった。
それどころか、むしろ複雑そうな表情を浮かべていた気がする。
(まったくアイツは……プレゼントしがいのないヤツだな)
「このオレから誘いを受けるという価値をアイツは分かってないんだ」
(そうだ。今年は、すぐにこれを渡さないで、少しじらして反応を見てみるか)
ブレントがそんなことを企んでいると。
「あ、ブレント様」
「おお、カレンか」
振り返ると彼女も丁度帰るところだったのか、鞄を持ったカレンがぱたぱたとこちらに駆けてきた。満面の笑みも小動物のような動きもその全てが愛らしい。
「ブレント様、何を持って……あっ、それって」
ブレントが手にしているブレスレットを見た途端、カレンの目がキラキラと輝きだす。
「女は皆これが好きだな」
「それは……ブレスレット自体には興味ないけど、好きな人に貰う事に意味があるんだよ」
「そんなものか……」
ならばパトリシアも、もっと喜びを表現すればいいものを。
「ブレント様?」
黙り込んだブレントの表情を窺うようにカレンが上目遣いで顔を覗き込んでくる。
「オマエもこれが欲しいか?」
「え……そんな、わたしなんか受け取れないよ」
目の前のブレスレットにカレンは戸惑いながら手を伸ばし掛けたが、その手を引っ込め俯いた。
ブレントとしては、軽い気持ちで聞いただけで、自分のをやると言ったつもりじゃなかったのだが。
「聖女として認められないわたしがブレント様のパートナーになったりしたら、パトリシア様がきっと黙ってないもの」
小さな肩が小刻みに震えているような気がした。
カレンはパトリシアの名前をあげるたび、このような反応を見せる事が多い。
だが「なにか言われたのか。されたのか」と確認すると、必ず困ったように眉尻をさげ首を横に振るばかりだった。
「いつも言ってるだろ。オマエの不遇な苦労は理解してる。なにかあったらオレに言えよ」
「ブレントさまぁっ」
「っ!」
カレンは感極まったように抱きついてきた。正直、女性に抱きつかれることなど日常茶飯事だが、彼女に限っては庇護欲がそそられ無下にできない。
「大丈夫……どんなに意地悪されても最後はハッピーエンドだって、わたし信じてるから」
「なんだ、やっぱりなにかされているのか?」
そう尋ねながら、彼女を落ち着かせるよう抱き返そうと回した手が触れる前に声を掛けられた。
「こんなところでなにをやっているんですか?」
呆れの含まれた冷たい声に反応してパッとカレンが身を離す。
「サ、サディアス様!」
「人目のあるところで、あまり感心できる行為じゃありませんね」
癪に障る言い方にイラッとしたのでなにか言い返してやろうと思ったブレントだったが、その前にカレンが二人の間へ割って入った。
「違うんです、サディアス様! ブレント様は、わたしを慰めようとしてくれただけで。だから、ブレント様を責めないで?」
「……ブレントだけを責めているわけではありませんよ。どんな理由があるにせよ、婚約者のいる男性に抱きつくのはいかがなものかと思います」
「わ、わたしは、別に変な意味でそうしたわけじゃっ」
「どんな意味があろうとなかろうと、他人が見たら不審に思う行為です。不名誉な噂が立てば迷惑する者もいる。今後は気を付けたほうがよろしいかと」
「ごめんなさい……そうだよね。もし、パトリシア様やその取り巻きの人たちが知ったら、大変な事になるもの」
ブレントは「パトリシアに取り巻きなんていたか?」と少し疑問に思ったが些細な事なので口には出さなかった。
「ねえ、それよりサディアス様も今お帰りですか? だったら、三人で馬車乗り場まで一緒に行きましょ?」
カレンは空気を変えるようにそう切り出したようだが。
「すみません。今日はブレントに用事があるので。貴女は先に帰っていただけますか?」
(は? コイツがオレに用事?)
ブレントは思わず訝しい顔をしてしまったが、サディアスは冗談でなく本気のようだ。
これにはカレンも驚いた顔をしている。
サディアスにそう言われるとカレンも頷くしかなかったのか、少し首を傾げながらも「じゃあ、また明日」と手を振り先に並木道を歩いて行った。
「で? なんだオレに話って」
「別に。ただ、三人で並んで歩きたくなかっただけだから」
「はぁ!? だったらオマエだけ先に行けばいいだろ!」
「……なにも分かってないんだな」
「なにがだよ!?」
「あまり今の立場に胡座をかいていると、後悔するかもよ?」
「はぁ!?」
忠告というよりは、挑発のようなサディアスの態度に、ブレントは意味が分からないまま青筋を立てたのだった。
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夜、パトリシアはリオノーラに頼んで巷で人気の恋愛小説を貸してもらい読んでいた。
「どう? ときめきがつまってるでしょ?」
ベッドに腰掛けるパトリシアの隣で詩集を読んでいたリオノーラが楽しそうに声を掛けてくる。
「う~ん、まだ半分しか進んでないし良く分からないよ」
「どこまで読みましたの?」
「今、路地裏でヒロインが悪党に絡まれているところだけど……」
悪党に腕を掴まれたヒロインは泣きながら「助けて!」とヒーローの名前を叫ぶ。
するとヒーローが颯爽と現れて悪党を一撃で倒して言うのだ。「まったく。だから勝手に出歩くなって言っただろ」と。
「ヒロインの窮地をいつも救ってくれる王子様。素敵ですわよね!!」
リオノーラは目をハートにしながら語っているけれど。
「いい、リオノーラ。こういう場合はまず自由のきく足で急所に一撃入れるのよ」
「…………」
「というか、このヒロイン。自分は戦えないのに、なんで危ない事にやたら首を突っ込むの? 毎回ヒーローに助けを求めるのもどうかと思うわ。学習能力がないうえに他人任せが過ぎるもの」
「……もうっ、分かってない! パティは、全然分かってないですわ!!」
「えぇ!?」
「こういう時は、か弱く守られるものなの!!」
「自分でどうにかできる状況でも?」
「どうにかできる状況でも!! 女の子は必殺の一撃より可愛げを出すものなのです!!」
(可愛げってどう出すの? ……やっぱり恋愛って難しい)
結局、その小説は最後まで読んでも、パトリシアの心をときめかせることはなかった。




