四十一話 【夏・学院祭編】夏は恋の季節①
悪党に襲われた日から数日が過ぎた。
パトリシアも事情聴取を受けたが、やはりサディアスの言っていた通り、悪党たちを雇った黒幕は不明のまま。
けれどあれからパッタリと嫌がらせが消えたので、平穏な日々が戻っている。
「はぁ……」
なのに溜息ばかり出るのはなぜだろう。
自分でもなぜだか分からないけれど、最近気が付けば、ぼうっとしてしまい、そのたびに勝手に浮かんでくるのは……。
『でも俺は、どんな時でも勝手に君の味方でいるよ』
「……はぁ」
「また溜息吐いてるんですの?」
「わぁ!?」
自室のベッドに腰掛け小説を手にぼうっとしていたパトリシアは、突然の声に飛び上がった。
隣を見ればリオノーラが勝ち気な瞳でこちらを覗き込んでいる。
ノックなしで入って来たのか、はたまたノックに自分が気付かなかったのかは分からないが、パトリシアの返事を待たずに侵入したようだ。
もう最近はよくあることとなっているため、注意する気も起きないが心臓に悪い。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「もう、聞いてくださいな! 前にデートしたあの伯爵家の次男、断っても断ってもしつこいったらないんですの!!」
ベッドの上に並べられていたクッションを手に取りブンブンと振り回しながら訴えてくるリオノーラを見るに、かなりお冠の様子だ。
「えっと、その人は確かその前に親しくしていた男性がしつこい時に、助けてくれた人でしたっけ?」
「ええ、あの時は颯爽と現れわたくしを連れ出してくださって……王子様が現れたって思っていたのに」
覚えている。その彼と出会った夜にも、こうしてパトリシアの部屋に飛び込んできて、のろけ話を聞かされた。
「いったい、今度はなにがお気に召さなかったんです?」
「だってぇ、逞しい見た目とは裏腹に虫に怯えてひっくり返るなんてありえないわ!」
「……それぐらい、大目に見てあげようよ」
そんなことだけで嫌いになったなら、その相手が不憫だ。
「せっかくモテるのに、あまりに理想が高すぎるとお相手が見つからなくなってしまうかもしれませんよ」
リオノーラはよほど理想が高いのか、惚れっぽいが冷めやすい性格なのか、こうして出会っては「なんか違った!」と別れる恋愛を繰り返している。
「いやよ! だってわたくしの理想は! 聡明で優しくて、しっかりしているようでどこか放っておけなくて、大男を蹴散らせる程強くて、わたくしのピンチには颯爽と現れ助けに来てくれる白馬に乗った王子様のようなっ」
「……そんな人、この世に存在しますかね」
リオノーラのこだわりが強いことだけは、熱く語りだした彼女の理想像から伺えてきたが。
「いるにはいるというか……たとえば、あなたが男性だったら解決しますのに……」
「え?」
リオノーラがなにかぶつぶつ言っているが、声が小さすぎて聞き取れなかったので聞き返すと。
「お兄様とパティを足して2で割った感じがわたくしの理想のタイプですの! なのになのに、そんな男性になかなか出会えない!!」
「えぇ?」
リオノーラは唇を尖らせぷいっとそっぽを向いてしまった。
ブラコンとシスコンを拗らせてないかと少し心配になるが……まあ、いつものことなので、きっとこの調子で一ヶ月もすれば、また新らたな王子様を見つけたと部屋に飛び込んでくるだろうとパトリシアは思った。
そしてついに学院祭当日。
晴天の空の下、開会式を終えたパトリシアは、マリーと出店を見に行こうと中庭を歩いていた。
「ふぁ~」
「パティ、寝不足?」
「ううん、大丈夫」
結局昨日は夜中までリオノーラの恋の話に付き合わされ寝不足だ。
しかし油断できないので気を引き締める。
とにかく今日はいつも以上にカレンには近づかないよう心掛けなければ。
「ブレント殿下との約束は後夜祭のギリギリになってからだったわよね?」
「うん、そうなの」
生徒会として当日も忙しい様子のブレントに、待ち合わせは日が落ちてからと言われている。
「ふふ、じゃあそれまでは一緒に楽しめるわね!」
「一緒に過ごしてくれてありがとう、マリー」
「まあ、なにを言っているの。私だって貴女と過ごせてうれしいのよ」
そう言ってくれるとありがたい。だが、夜にマリーを一人にしてしまうのは心配だった。
「マリーは後夜祭、誰かと約束しているの?」
「えっ!?」
「????」
突然マリーの声が裏返り、明らかに動揺している様子にパトリシアは首を傾げる。
驚かせるような質問ではないと思うのだが。
「実は……同じクラスの男子に誘われていて」
マリーはどこか渋い顔をしていた。あまり乗り気ではなさそうだ。
「相手って」
「……オリバー様よ」
マリーがこっそりと耳元でそう教えてくれた。
オリバーと言えば、結構女子から人気のある生徒だった気がするが。
「マリーはまだそれに了承していないの?」
「ええ……というか、お断りしたのだけど、ちょっとしつこくて困っているの」
「そんなことになっていたなんて」
最近なんだか上の空になっていることの多かったパトリシアは、マリーが人知れず悩んでいた事にも気づけていなかった自分が情けなくなった。
「ちなみに、誘いを断った理由って」
「それは……あのね、私……気になっている人がいるの」
「えぇ!?」
初耳の連続だ。そういえばマリーとはいつも一緒にいるが、恋愛の話はあまりしたことがない。
「でもね、私が一方的に遠くから見て憧れているだけだから。他の子たちには内緒よ」
顔を赤らめながら「しー」っと唇に手を当てるマリーが可愛くて、応援したくなったのと同時に、昨日のリオノーラといい、皆恋してるんだと思うと、自分だけおいてけぼりをくらっているような虚しさに襲われた。
「とても親切で優しい人で……一目惚れだったの」
「そうなの。じゃあ、後夜祭にその人を誘ってみたら?」
「えぇ!? いきなりそれは無理よ!」
「そうかな。マリーは可愛いから、誘われたら相手は喜ぶと思うけど」
現にクラスで人気者の男子に誘いを受けているぐらいだ。もっと自信を持てばいいのに、根が控えめなところは昔と変わっていないようだ。
「……ありがとう、そう言ってくれるのはパティだけよ。でも、パティが応援してくれるなら、私……頑張ってみようかしら」
「もちろん、応援するわ」
パトリシアがそういうと、マリーは嬉しそうに頬を赤らめて笑っていた。
それは、とてもとても可愛い、恋する乙女の微笑みだった。




