三十九話 【夏・学院祭編】悪役令嬢いじめられる?①
ダメ元で誘った後夜祭にブレントからの承諾を貰えたパトリシアだったが……気の抜けない日々は続いていた。
「それでカレンに言われたんだ。オレのように仕事が出来る有能な人間はそういないのだから、大目に見ろと」
「そう、ですか」
今日は珍しくブレントの方からの誘いで一緒にランチをしていた。
彼からの直接的な誘いは初めてだったので、少し嬉しかったのだが。先程から口を開けばカレンがカレンがとヒロインの名前を口にするブレントの態度に、段々食事が喉を通らなくなってくる。
(いつの間に親密になったんだろうと思っていたけど、生徒会室で仲を深めていたのね……)
盲点だった。そう言えば、アニメでもそんなシーンがあったのに。
「なんだ、オマエ。さっきから全然食事が進んでいないな」
なぜかブレントは、ニヤニヤしている。
あなたのせいですと言いたい気もしたが、あまりカレンに嫉妬している態度を見せると、なにもしていなくてもいじめの疑いを掛けられた時に不利になる。
ぐるぐるとそんな事を考えてしまい、上手な返答も思いつかない。
「……仲、良いんですね」
結局、顔が引きつらないように気を付けながら当たり障りのないことしか言えなかった。
「そんなに気になるか?」
そんなパトリシアを見てブレントはなぜか意地悪な笑みを浮かべた。
「いえ、どんな方と親しくしようとブレント様の自由です」
「ムッ……そうか、ならオマエとの約束は取り止めて後夜祭もアイツを誘うか」
「えっ」
「なんだ? 嫌なのか?」
パトリシアがショックを受けた表情を見せると、ブレント益々したり顔になってくる。
「……ブレント様と一緒に過ごしたいです」
「フン、なら初めからそう言うんだな」
「…………」
その後は何てことない。いつも通りブレントの自慢話を聞かされて解散したが、パトリシアにとっては食事の味も感じないほど気の休まらないランチタイムだった。
「はぁ……」
ブレントと婚約者として仲良くなれたら理想的だと思っていたのに。
いつの間にか上下関係が出来上がってきている気がする。
ブレントと別れた後すぐ教室に戻る気分にはなれず、パトリシアは中庭をトボトボと歩いていたのだが。
「っ!?」
ガッシャーン!!
それは一瞬の出来事で、反射的に飛び退くと同時にパトリシアの足元に鉢植えが落ちてきて破片が飛び散る。
(なに!?)
降ってきた位置を推測して校舎に目を向けるが開いている窓はない。
ならば犯人は屋上か。
「いやだわ、誰かのイタズラ?」
「怖い……人に当たっていたら大変だったわね」
周りにいた生徒たちの視線がある中、魔法で屋上まで飛び上がることは躊躇われた。
今から走って屋上まで向っても犯人は逃げた後だろうし……。
(偶然、かな……?)
命を狙われる覚えもないので、その時はそこまで気にすることなくパトリシアは犯人の追跡を諦めたのだった。
が、しかし。
「いっ」
机から教科書を取り出そうと手を入れた時、手に痛みがはしり見てみると手の甲が切れ血が滲んでいた。
驚いたが授業が始まるタイミングだったので、騒ぎにならぬようそっと傷に手を当て治癒する。
そして机の中を確認すると、剥き出しの刃物が入れられていた。
「…………」
もしかしたら昼休みの鉢植えも故意的に自分が狙われたのかもしれない。
(嫌がらせをされてる?)
だが誰にだろう。自分はこの世界においていじめる役であり、いじめられる覚えはない。
そんなことを考えながらも、パトリシアは午後の授業も何事もなかったように受けたのだった。
最初は気にしすぎかと思っていた嫌がらせは、次の日も起きた。
中庭を歩いていたら今度は頭上から大きな石が落ちてきたので、もちろん避けたがさすがに自分が標的にされていることは察した。
屋上に犯人の手掛かりがないか確認しに行ったが形跡は残っておらず、さらに屋上から戻る際に階段で足を滑らせ落下しそうになった。
魔法で受け身を取り捻った足首はすぐに治癒したが、滑った段を確認するとなにかぬるぬるとしたオイルのようなものが塗られており悪意を感じる。
これもパトリシアが人気のない屋上に向ったのを見計らって仕掛けられた可能性が高いだろう。
(もしかしてわたし、いじめられてる?)
友人は少ないが人当たりの良いマリーと一緒にいるおかげで、クラスメイトとも良好な関係が築けているつもりでいたのだけれど……。
恨まれているとしたら、入学して少し経った頃パトリシアに媚びを売り擦り寄ってきた令嬢二人組の誘いを断ったことぐらいだろうか。
彼女たちはブレントに夢中で、なにかと彼の周りをウロチョロしている庶民育ちのカレンが気に喰わない様子だった。
そこでブレントの婚約者であるパトリシアが祭り上げられそうになったのだ。
婚約者であるパトリシアが可哀相だとか、パトリシアのためにもカレンに厳しく釘をさすべきだとしつこく進言されたので「お断りします」とはっきりそれを拒んだ。
そして今後一切あなたたちと係わるつもりはないと宣言したのだ。
あの時の彼女たちの気色ばんだ顔を思い出すと……。
(恨まれているのかもしれない)
しかし彼女たちに言ったことに後悔はない。
こっちは断罪エンドを逃れるために細心の注意を払っているというのに、危うく悪役令嬢に祭り上げられようとしたのだ。思い出しただけでも恐ろしい。
(彼女たちが犯人なら、ほっとけばそのうち飽きてくれる、かな?)
変に刺激していざこざを大きくするのも面倒なので、パトリシアは自己対処してもう少し様子をみることにした。




