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三十八話 【夏・学院祭編】王子はヤキモチを焼かせたい

「おい、露店の見積書はまだできていないのか。早急に用意するよう言っておいただろ!」


「す、すみません。明日中には必ず!!」

「明日じゃない、今日中にどうにかしろ!!」

 生徒会室にブレントの怒号が響き渡る。


「し、しかし、その他にも運搬作業など、当日までにやらなくてはいけないことが山ほどでしてっ」

「言い訳はそれだけか?」

「…………」

 ピリついた雰囲気が場を支配する。


 ブレントに睨まれた学院祭執行委員二名は青ざめ震えあがることしかできないようだったが、そこに愛らしい声が割って入ってきた。


「もう、ブレント様。そんな言い方しちゃダメですよ! みんなが怖がっちゃいます!」

「カレン、なんでオマエがここにいる」

「これ、生徒会室に持って行くように頼まれちゃって」


 カレンはニコニコと笑いながら両手いっぱいの資料を差し出す。


「また面倒事を頼まれたのか。オマエは本当に人が良すぎる」

「そんなことないよ。困った時はお互い様だから」


 どんな者にも平等に優しく手を差し伸べてしまう彼女は、こうしてしょっちゅう頼まれごとで生徒会室にやってくるのだ。


「カレン嬢。いらっしゃいませ!!」

 さっきまで怯えて部屋の隅っこに避難していた生徒会メンバーたちも、まるで救世主がやってきたかのように顔を綻ばせる。


 いつの間にか生徒会の面々は場を和ませてくれる彼女を歓迎するようになっていた。


「皆さんブレント様みたいに仕事の速い人ばかりじゃないんです。でも、一生懸命頑張って準備をしてくれてます。だから、これ以上無理をさせたら可哀相」


「はぁ……おい、オマエ」

「は、はい!?」

 先程ドヤされていた執行委員たちは身を竦ませて返事をしたが。


「明日だ。間違いなく明日中には見積書をまとめて提出しろ」

「はい!! ありがとうございます!!!!」


 ブレントが折れた事に驚きを隠せないようだったが、執行委員たちは何度も頭を下げてカレンにもお礼を言って生徒会室を出て行った。


 生徒会メンバーたちもほっと胸を撫でおろし、また自分たちの席に戻ると学院祭に向けての準備を始める。


「ブレント様。わたしの意見を聞いてくれてありがとうございます」

「別に。ただ、確かにオレと同じスピードで仕事をこなせる奴なんてこの学院にはいないと気付いただけだ」


 カレンはこうして生徒会メンバーでもないのにブレントに意見することも多々あるが、ブレントはそれを許している。


 それは自分に対しこんな風にはっきりと意見を言い、媚びない女性が周りにいないので新鮮で悪い気はしないという理由もあるが。


 やはり入学式の日に命を救ってもらったのが、彼女を認めている一番の理由だ。


 カレンもパトリシアと同じく治癒魔法という貴重な力を持っているというのに、王家に認められていないがためになんの加護もなく、この学院でも苦労しているようだ。


 彼女から聞かされる苦労話を知れば知る程、命の恩人である健気な彼女をほうっておけないと思ってしまう。


「あ、そうだ。この前は、助けてくれてありがとうございました」

「何の話だ?」


「中庭での事です。パトリシア様を連れていなくなってしまったのは、置いてけぼりにされたみたいで少し寂しかったですけど……わたしがあれ以上責められないように、庇ってくれたんですよね?」


「ああ、あれか」


 パトリシアの話を聞くにあの場で責められていたのはパトリシアであって、カレンではなかった気がするが。


「あの後、大丈夫でしたか? パトリシア様の機嫌悪かったんじゃ」

「別になにも……ああ、後夜祭を一緒に過ごせと強請られはしたが」

 あの時のパトリシアを思い出すと、今でも口元がにやけてくる。


「え……それで、ブレント様はなんて?」

 すっと一瞬カレンの表情が消えた気がしたが、ブレントはそれに気づかず得意げな笑みを浮かべた。


「承諾したぞ。たまには婚約者のご機嫌も取ってやらないとな」

「そんなっ、無理矢理ブレント様に言うことを聞かせるなんて、ひどい……」

「無理矢理?」


「……やっぱりパトリシア様、自分と同じ力を持っているわたしのこと、あまり良く思っていないのかもしれません」

 カレンは突然顔を上げると、そう訴えかけてきた。


「なんだ、アイツになにか言われたのか?」

 急に表情を曇らせた彼女が心配になったが、カレンは「なんでもない」と少し困ったような表情の笑みを浮かべ首を横に振るだけだ。


(しかしパトリシアはどう考えても他人をネチネチ攻撃するような性格じゃないしな)


「こうして一緒にいると、よけいにパトリシア様は面白くないかも。わたしなんて、ただの一般生徒だもん。あまり馴れ馴れしくブレント様に話しかけちゃ、だめですよね……」


「アイツが? こんなことで?」


 目の前でどれだけ令嬢を侍らせていても興味なさそうなパトリシアに限ってと思ったが、しかし先日の彼女の言動が過ると、そうとも言い切れないかもしれない。


(なんだ、アイツ本気でオレとカレンの事を心配して嫉妬しているのか?)


 だとしたら……堪らない、とブレントは思った。


 掴みどころのない女だが、時たまなぜか見せるあの縋るように不安げな瞳を向けられると正直そそられる。


 もっとあの顔を見たいと思ってしまう。


(これは使えるかもな)


「細かい事は気にするな。これからも、今まで通り接してきて構わない」

「いいの?」

「ああ、オマエはオレの命の恩人だからな。特別だ」

「特別……えへへ」


 カレンはその言葉を聞くと、満面の笑みを見せたのだった。

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