三十四話 【春・出会い編】ヒロインと初めての接触①
毎日クレスロット大聖堂で祈りを捧げる日課は、学院に入学してからも続けている。
学院に通い始めてからは早朝に向うのが日課となっていたが、今日もパトリシアの身体に聖女の印が現れることはなかった。
昼下がり、学院の図書室で読書をしようと席につきながらも、パトリシアはぼんやりと上の空だ。
(刻印に関してわたしが出来るのは祈る事だけ。魔法の方も師匠からお墨付きをもらえた。なら、あとは……)
自力で処刑を免れるためにできること。カレンを虐めないのは当たり前だが、婚約破棄されないようにブレントと仲良くすることぐらいだろうか。
(でも、どうやって?)
正直転生してからは戦闘力ばかり上げる事に専念してきたせいで、恋愛は疎かだった。
薄らとしか思い出せない前世の記憶を引っ張り出してみると、彼氏がいたこともあった気がするが、顔も思い出せないほどぼんやりとした記憶なので当てにならない。
(がんばってブレント様好みの女性になる努力をする、とか?)
ブレントが普段侍らせている女性の好みから推測すると、彼は派手な美人がタイプのような気もするけれど、アニメではヒロインと出会ってからそんな女性には見向きもしなくなる。
ということは、庶民的だが愛らしくて庇護欲をそそられるような女性が真のタイプなのかもしれない。
庇護欲……自分には無縁の言葉だ。
(好みを分析したところで、どうしたらいいのか分からない……)
パトリシアは頭を抱えた。
「ねえ、隅っこで読書してる人、サディアス殿下よね?」
「本当ね、存在感なさすぎて気付きませんでしたわ」
「腹違いとはいえブレント殿下と血の繋がった御兄弟とは思えないわよね」
「しー、失礼なこと言って聞こえたら大変よ」
近くの席に座っていた令嬢たちがひそひそと視線を向けている先には、一人で黙々と本を読んでいるサディアスの姿があった。
相変わらずの野暮ったい格好のせいか、人を寄せ付けない雰囲気のせいか、誰もその近くの席に近寄ろうとはしない。
王宮の書庫にも入り浸っているし、彼はよっぽど本の虫なのかもしれない。
そんなことを思って見つめていると、顔を上げたサディアスと目が合ってしまった……気がした。
実際のところはメガネのレンズが分厚すぎて視線の先がよく分からないけれど。
なんとなく黙って視線を逸らすのが躊躇われたので、笑い掛けてみたが。
「あ、サディアス様! こんにちは!」
そこで、静かな図書室に元気な声が響き渡った。
ニコニコ笑顔のカレンが現れたのだ。
周りの生徒たちはよくあんな気軽に話し掛けられるなと、ある意味感心するような目で見ているが、そんな視線はお構いなしでカレンはサディアスへ一冊の本を差し出す。
「これは?」
「わたしの大好きな詩集なんです。サディアス様にも読んでほしくて」
「俺に? なぜ?」
「この前、助けてくれたお礼です!」
サディアスは反応に困っているのか無言だったが、カレンは本を受け取ってもらうまで手を引っ込める気はないようだ。
結局根負けしたのかサディアスは詩集を受け取った。
「お隣座ってもいいですか?」
「……いいですけど」
「よかった。わたし、サディアス様ともっとお話ししてみたいなって思ってて」
「俺なんかと話したって、なにも面白い事はないですよ」
「そんなことないです! わたし、もっと知りたいですよ。サディアス様のこと」
天使の羽でも見えそうな純粋無垢な笑顔にサディアスはまた黙った。
そう言えばアニメでもこんなシーンがあった。
誰も寄せ付けず孤独だったサディアスに、ただ一人カレンだけは怖がらないで友達になりたいと話し掛け続けたのだ。
そうして彼は彼女にだけ心を開き、恋をする。
(アニメでは不憫な恋だったけど、現実ではどうなるんだろう)
そんな事をぼんやりと考えていると、またサディアスと目があった……ような気がした。
けれど、今度は微笑みかける事なく、パトリシアは気付かなかった事にしてそっと席を立ったのだった。
その日の夜、パトリシアはバルコニーでぼんやりと考え事をしながら夜風に当たっていた。
「やあ、パトリシア。こんなところにいて、寒くはない?」
振り向くとリアムが顔を出す。
「少し、夜風に当たりたい気分だったので」
今日は月がきれいだったからと、夜空にくっきりと浮かぶ満月を指差すと「本当だね」と笑いながら、リアムが隣にやってきた。
「でも、そんな顔で夜空を見上げるキミを見ていると、そのまま居なくなってしまいそうで心配になるな」
「え?」
「まるで月に帰りたがっている月の女神のようだよ」
「ふふ、リアム様ったら」
ふと、かぐや姫の話を思い出したが、この世界の人に言っても通じないだろうから黙っておいた。
「なにか悩み事?」
リアムはにこやかで、キザなセリフも嫌味なくさらりと口にして、正直なにを考えているのか読みづらい人だけれど。
いつもこうしてパトリシアのことを気にかけてくれていた。幼い頃からずっと。
だから、パトリシアも彼に対しては気が緩むというか、ほんの少しだけ弱音を吐きやすい所がある。
「どうしたの? ボクでよければ話してみてよ」
「えっと、その……リアム様は、もし婚約者から贈り物をもらうとすれば、どんなものを貰ったら嬉しいですか?」
「え?」
予想外の質問だったのか、リアムはきょとんとして黙ってしまった。
リアムは長い間留学していたこともあり、正式な婚約者という存在がまだいない。
なのに聞いて困らせてしまっただろうかと心配になってきたが。
「それは、ブレント殿下にプレゼントを用意したいという事かな?」
「はい」
「なんて健気なんだ!」
リアムは目頭を押さえ大げさに感動しだしたのでパトリシアは若干戸惑ったが、すぐに真面目な面持ちで考え始めてくれた。
「う~ん、そうだねぇ。ボクは気持ちが籠っていればなんでも嬉しいけど。あの方はきっとなんでも手に入るだろうし……」
「ですよね……」
「贈り物より、一緒の時間を増やしてみるというのはどう?」
「え?」
「贈り物をしようと思ったのは、もっとブレント殿下と仲良くしたいって思ったからだよね?」
「そう、ですね」
「なら、贈り物よりそういう日々の積み重ねが大事だと思うな」
「日々の積み重ね」
確かに、そうかもしれない。アニメのブレントはカレンの駆け引きがない真っ直ぐな性格に惹かれていた気がする。
それに比べ、アニメのパトリシアは高飛車でそのくせ自分に自信がないのか、彼の周りにいる女の子たちをいびり倒し自分が聖女だ婚約者だと主張するばかりだった。
あんな風になってはいけない。アニメのパトリシアを戒めに気を引き締める。
「そうですね。リアム様に相談してよかった。ありがとうございます」
「ボクで力になれたなら、嬉しいよ」
この優しい兄に悲しい顔をさせないためにも、処刑の結末から逃れなくては。
明日からがんばろうとパトリシアは決意したのだった。




