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三十三話 【春・出会い編】想像よりは穏やかな日常②

 とある日の放課後。パトリシアは学院の図書室に来ていた。

 王宮の書庫ほど貴重な本があるわけではないが、種類が豊富で魔法関連のものから小説や異国の絵本まであって面白い。


 だが、読み終えた本を戻そうと棚へ向かったパトリシアは、その途中の本棚でカレンを見つけ表情を強張らせた。


 彼女は一番高い所にある本を取りたいのか、一生懸命背伸びをしているようだが危なっかしい。

 台を使うといい、と教えてあげたくなったが接点を持つのが怖いのでゆっくりと後退る。


 今のところまだ彼女は聖女候補として王宮に認められていない。

 アニメと同じく入学式の日にブレントを治癒魔法で助けた事により、学院内では彼女こそが聖女なのではと密かに噂されているようだが。


 本当のところブレントの怪我を治したのはパトリシアだったが、それを証明することはできない以上悪目立ちを避ける為公にはしないことにしている。

 もちろんブレントにも。


 ただ怪しい黒ずくめの男を見たと、王宮から来た調査員にはこっそり伝えておいた。

 犯人が早く捕まるとよいけれど。残念なことにアニメでブレントの命を狙っている黒幕が明かされるところを観た記憶がないので、パトリシアにも分からないのだ。


「危ないっ!?」

 そんな事をぼんやりと考えていると、ついに危なっかしかったカレンは一番上の本を無理やり引っ張りだし、そのせいで棚の本たちが雪崩のように何冊も落ちてくる。


 パトリシアは咄嗟に小さな声で詠唱し、風魔法で彼女の頭上に本が降ってこないよう弾き飛ばした……だが、そんな行動は不要だったようだ。


 その場で固まってしまったカレンを庇うように現れた影が彼女に覆いかぶさる。

「っ……あれ?」

 いつまでも本の衝撃が降ってこないことを不思議に思ったカレンが顔を上げると。


「お怪我はありませんでしたか?」

「あなたは」

 カレンを庇ったサディアスが、そっと彼女から離れつつ怪我がないか確認している。


(ああ、そっか。サディアス殿下との出会いは図書室だった)


 アニメと同じシーンだ。無自覚にだが、また出会いシーンに介入してしまった。


「大変! わたしを庇ったばっかりに頭を怪我してるんじゃっ!?」

 心配そうにサディアスの頭に手を伸ばすカレン。ここで彼に治癒魔法を使い、タンコブを治してあげるのがアニメでの出会いなのだが。


「いえ、どこも怪我はしていませんのでお気遣いなく」

 パトリシアが本を魔法で弾き飛ばしたことにより、サディアスはタンコブを作らずに済んだようだ。

 怪我をしなくてよかったような、出会いを邪魔して申し訳ないような……。


 けれどここでもパトリシアが介入しようと多少シナリオが変わっただけで二人は出会った。やはり大事なシーンは変わらないのかもしれない。


 なら、どんなに足掻いても断罪イベントは……。


 複雑な気持ちになりながらも、パトリシアは二人に気付かれないうちに図書室を立ち去ったのだった。






 いつもと同じ夕暮れ時に屋敷へ戻ると、まるで待ち構えていたかのようにリオノーラが仁王立ちしていた。


「遅いですわ!!」

「え? なにか約束してましたっけ?」

 リオノーラはお冠の様子だが、パトリシアには理由が思い当たらない。

 なんだかブレントとのやり取りを思い出し、デジャブを感じるが……


「毎日毎日、授業はもっと早く終わっているはずですのに、いったいなにをしているんですの!」

「別に大したことは……王妃教育を受けている日もありますし、後は図書室で本を読んだり、友人とお茶をしたり」

「な、な、なんですってー!!」


 この平凡な返答のどこでそんなに驚愕しているのか分からないが、リオノーラはわなわなと震えている。


「このわたくしを差し置いて、他の人と放課後のティータイム!? わたくしとの約束が先でしたのに!!」

「えぇ?」


 約束した覚えはないのだけど、そういえば入学式の朝に一人が寂しければお茶に付き合ってやる的なことを言われた気がするが。


「だいたい、友人っていうのはどういった人物ですの!! あなたはしっかりしてるんだか抜けているんだか危なっかしい所があるから、騙されてるんじゃ」

 リオノーラよりはしっかりしているつもりだが、これ以上ご機嫌を損ねるのは面倒なので言うのはやめておいた。


「大丈夫ですよ。彼女は以前教会でお世話になっていた時からの幼馴染で親友なんです。ちゃんと信頼の置ける人物で」

「し、し、親友~!! 万年ボッチのあなたにそんな子がいたなんて、聞いてないですわっ」


 なんだかすごく失礼なことを言われている気がするが、リオノーラはぷりぷりしつつもどこか寂しそうな顔をしている。


「……あの、もしリオノーラ様さえよろしければ、明日、学院もお休みですし一緒に街へお茶をしに行きませんか?」

 誘ってみると彼女は一瞬固まった後、少し沈黙してから。


「しょ、しょうがないわね。別にいいですけど」

 ツンと横を向き澄ました顔でそう言ってきたけれど、頬を赤らめなんだか嬉しそうだ。

 ブンブンと勢いよく揺れる尻尾の幻覚が見えるほどに。


 毎日同じ屋敷で顔を合わせているのに、なんでこんなに喜んでいるのかパトリシアにはよく分からなかった。




 ただ次の日、リオノーラとお茶をして最近デートしている男性たちの愚痴を聞かされ、あちこち連れ回されヘトヘトになって屋敷に戻ってから「初めて二人で遊んだ記念」だと、つっけんどんな態度で綺麗なレースのハンカチを渡されて、そう言えば家出騒動以外で、二人で出歩いたことはなかったと気が付いた。


「な、なによ! わたくしとお揃いのハンカチなのよ。嬉しくないの?」

「いいえ、嬉しいです。リオノーラ様」

「……様なんていらないわ。だって、あなたは一応……わたくしのお姉様でしょ」

「っ!」


 そんなことを言われるとは思っていなくて、パトリシアは目を見開いて驚いてしまった。

 リオノーラはカーッと顔を赤らめ俯いている。


「……ありがとう、リオノーラ」


 パトリシアの言葉にリオノーラは満足そうに笑った。


 出会った頃はあんなに嫌がられていたのに、いつの間にかこうして自分を家族だと認めてくれている彼女。


 嬉しいはずの出来事なのに……あと数か月で失ってしまうかもしれない幸せに胸が苦しくなった。


(大切なモノが増えると……居場所を失うのが、余計に怖くなってしまうものなのね)

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