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三十二話 【春・出会い編】想像よりは穏やかな日常①

 入学式に起きた一件からブレントには隠密の護衛が付けられるようになったらしいが、その他は特に大きな事件が起きる事もなく、パトリシアは今のところ思っていたよりも平和な学院生活を送っていた。




 そんなある日の昼休み。学院の廊下でパトリシアは女子生徒たちに囲まれているブレントの姿を見かけた。


「ブレント殿下、先日は私の誕生日パーティーに出席していただき、ありがとうございます」

「ずるいわ。殿下、今度行われる我が家のパーティーにも是非」


 十人近いご令嬢に取りあわれブレントはつまらなそうにしているが、こんな状況にも慣れているようだ。あの中にいるご令嬢の何人かは既にブレントのお手付きなのかもしれないとパトリシアは思っている。


 出来る事ならあの輪に気付かないフリをしたかったが、ブレントたちの集団の横を通り過ぎないと第一食堂に行けない。


「ねえ、ほうっておいていいの? あの方……パティの婚約者よね」

 一緒に食堂に向う途中だったマリーは、戸惑いの表情を浮かべている。


「えっと、大丈夫。いつものことだから」

「えっ、いつもの……そうだ! 私、今日は第二食堂に行きたい気分なのだけど、よかったらパティも付き合ってくれる?」

 そんなマリーからの申し出に、気を遣わせてしまってごめんねと内心思ったが、正直助かる。


 悪役令嬢の印象を持たれたくないパトリシアにとって、あの集団の横を通り過ぎるのはそれなりに勇気がいることだった。


 気にしてませんよとしれっと通るのも無視しているようで反感を買いそうだし、気にするような態度を見せれば嫉妬深い女だという印象を与えてしまうかもしれない。


 ここは近づかない、そして係わらないに限る。


 そう思い、踵を返して第一食堂から遠ざかろうとした時だった。


「なにあれ」


 近くにいた生徒たちがざわめきだす。パトリシアもなにかと皆と同じ方向へ視線を向けると。


 視界も塞がれる程に大量の書類や荷物を両手いっぱいに持ち、よたよたと危なっかしい足取りで歩いているヒロイン、カレンの姿があった。


 入学式の一件からカレンを聖女と崇める一部の過激な生徒たちがいるようだが、王室はいまだ彼女を聖女候補と正式には認めていない。


 けれどシナリオは着々と進んでいるようだ。


(そういえば、アニメでもこんなシーンがあった気が)


 パトリシアが、ハッと気が付いた瞬間だった。


「きゃあ!?」

 大量の荷物を持ったカレンがブレントを囲む令嬢たちの集団に突っ込んでいった。


「ちょ、ちょっと貴女どういうつもりですの!?」

「ご、ごめんなさ~い、前が良く見えなくて~」


 書類を床に散らばしたカレンは、慌てて令嬢たちに頭を下げている。彼女も伯爵令嬢なので決して身分が低い方ではないが、ブレントを取り巻いている令嬢たちは皆、ブレントの傍にいることを許されているだけのことはありチェンバレン伯爵家に引けを取らない面々だ。


 険悪なムードが廊下に漂う。


「また、オマエか。なにもないところでなぜ転べる」

「ふぇ~、ブレント様。ごめんなさ~い」


 アニメではこの後、そう言いながらも令嬢たちに睨まれ怯えるカレンをさりげなく助け、床に散らばる書類を拾うのをブレントは手伝うのだ。まわりの生徒たちは、まさかブレントがそんな態度を取るなんてとざわめく。


 そういう流れになっていたはずだが。


「大変! 大丈夫かしらあの子!」

「え? マリー?」

 誰もが遠目から見るだけで近寄りたがらない場所へと、マリーが駆け寄りテキパキと書類拾いを手伝いだした。


(そうだ。マリーはこういう子だった)


 優しくて困っている人を見ると放っておけない子。

 普段は控えめなのに、こういう場面では度胸がある。

 おかげでブレントは書類集めを手伝うことなく、それを黙って見てるのみだった。


「はい、これで全部よ」

「あ、あの……どなたですか?」

 カレンは見知らぬ人に優しくされ、どうしてと戸惑っているようだった。けれど、世話焼きのマリーはお構いなしだ。


「貴女、怪我してるじゃない」

 マリーの言う通りカレンは転んだ拍子に膝を少しだけ擦りむいている。

 アニメではブレントがそれに気づいて、彼女を医務室まで連れて行くためお姫様抱っこしていたはずだが……


「医務室に行きましょう」

「えっ!?」

 カレンはマリーに手を掴まれ、困ったような驚いたような声を上げた。


「だ、大丈夫です。自分で治せますし、わたしこの書類を資料室に持って行かなくちゃいけなくて」

 かなりの量の書類と荷物だ。誰に頼まれたのか知らないが、そんなの放っておけとはマリーも言えないようで困った顔をしてる。その時。


「よければ僕がその荷物を資料室まで運んでおこう」


 ガタイのいい筋肉隆々な男子生徒が現れた。

 蝶よ花よと育てられた上流階級のご子息が多いこの学院にて珍しいタイプのキャラだなとパトリシアは思ったが、見るからに力持ちそうな彼に頼めば書類運びは何の心配もないだろう。


「まあ! ありがとうございます」

 マリーは彼に顔を綻ばせ頬を染めてお礼を言うと、戸惑うカレンの手を引っ張って「パティ、ランチはまた今度にしましょう」とだけ言い残し医務室へ姿を消してしまった。


(教会にいる時からのお姉ちゃん気質が抜けてないのね)


「おい」

 アニメの展開を善意によりぶった切ったマリーの背中をぼんやり眺めていると、パトリシアに気付いたブレントが令嬢たちの輪を離れやってくる。


「ブレント様、御機嫌よう」

「御機嫌ようじゃない。いつまで待たせる気だ」

 待たせるってなにを、と頭に「?」を浮かべるパトリシアを見てブレントが眉を顰める。

 が、そんな顔される筋合いはないはずだ。なんの約束もした覚えはない。


「オレたちは同じ学院に通っているんだぞ」

「はぁ」

「はぁじゃない! なぜ昼食の誘いに来ない!」

「えぇ!?」


 誘いにいけるわけがない。もうカレンと出会ってしまったのだから、自分は邪魔者扱いされるものだと考えていたのに。


「いいか、オレは多忙の身なんだぞ。こういうのは、オマエから誘いに来るべきだろ!!」

「そう、なんですか?」

「そうなんだ! ゴホンッ……で? 今日の昼食は、どうしてもと言うならオマエと過ごしてやってもいいが。どうするんだ?」


 偉そうに踏ん反り返っているブレントを見て、なんだか悩んでるのがバカらしく思えてきた。


「ご一緒させてください、ブレント様」

「ふん、仕方ないな、いいだろう」


 こうしてその日は、何事もなくブレントとランチをすることになったのだった。


 自分から誘っておいて、ブレントのしょうがなく付き合ってやってる風の態度が少し引っ掛かったけれど。

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