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三十一話 【春・出会い編】ヒロイン登場、波乱の入学式②

 それから入学式はつつがなく終わり、クラスでのオリエンテーションが行われたが、パトリシアはずっと上の空で放課後の事を考えぐるぐるしていた。


 そして一つ、考え付いたことがある。


(ブレント様を狙う刺客を、先回りして返り討ちにしよう)


 そうすればヒロインとの運命的な出会いはなくなるし、ブレントも危ない目に遭わなくて済むし、一石二鳥なんじゃないかと。




 ホームルームを終えた瞬間にパトリシアはすぐに立ち上がる。

 だが、ブレントが中庭に来る前に中庭に潜伏している刺客をどうにかしてしまおうと、教室を飛び出そうとした時だった。


「あ、あの……パティ、よね?」

「え?」


 突然愛称で呼ばれ反射的に振り向くと、控えめなご令嬢が立っていた。ふわふわセミロングの猫ッ毛と……豊満な胸元に思わず目がいったが、もう一度顔を見て気付く。


「もしかして……マリー?」

「ええ、そうよ! 同じクラスになれるなんて!!」

 感極まった表情でマリーがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。柔らかい。

「え、え? なんでマリーがここに?」

「うふふ、実はね」


 マリーとはずっと文通を続けていたが、つい最近の手紙にもこの学院に入学するなんて書かれていなかった。

 聞けばパトリシアを驚かせるために内緒にしていたのだと言う。


「でも、マリーのお家は」

「そう、とても通える距離じゃないから、この学院の寮に入ったのよ。家族と離れるのは寂しかったけど、パティと一緒のクラスになれて嬉しい!!」

 まさかここで再会できるなんて、もちろんパトリシアも嬉しいけれど。


「ねえ、良かったら食堂のテラスでお茶でもしない? 積もる話もあるし」

「それは嬉しいんだけど、今日はちょっと」


 今はお茶をしている場合じゃない。今すぐに中庭に行かなくては。


「ごめんなさい、マリー。明日はどう?」

「もちろん、大丈夫よ」

「ありがとう、じゃあ、明日ね!!」


 パトリシアはマリーに感謝しつつ、今度こそ教室を飛び出したのだった。






「はぁ、はぁ……もしかして、これがシナリオの強制力?」

 なぜか色んな生徒や教師たちから話し掛けられ、失礼のないように話を切り上げるのに手間取ってしまった。


 だが息を切らせ、なんとかブレントが現れる前に約束の場所に着くことができたようだ。


 放課後だというのに噴水付近に人気はない。


(刺客が隠れているならどこだろう……もし、自分が刺客だったら)


「……屋根?」

 パトリシアは噴水前に狙いが定めやすい場所を予測して、この中庭に面している講堂の屋根へと飛び上がった。


「みつけた!」

「っ!?」


 黒ずくめの刺客は一名。ボウガンを持っている。

 まさか学院の生徒が突然魔法で飛び上がり屋根までやってくるとは予測していなかったのだろう。驚きのあまり隙だらけだ。


「ウィング・ビュレット!」

 覚えたての攻撃魔法を連射すると、刺客は受け身をとりそれを避ける。

 さすがに一発では仕留められそうにない。誰に雇われているのか知らないが手練れのようだ。


 あまり同時魔法を連発すると、まだ加減が分からず魔力を使い果たしてしまいそうなので、パトリシアは覚悟を決めて屋根に降り立つ。


「グッ!」

 接近戦なら有利だと思われたのか男が襲い掛かってきたがパトリシアは刺客の拳を避け、逆に腹に一撃を喰らわせた。


「誰に雇われたの?」

「…………」

 口を割らない刺客に拘束魔法を発動させようとしたときだった。


「ぐあっ!?」


 地上から呻き声が聞こえハッと顔を向けると、わき腹を押え蹲るブレントの姿。

 どこかに潜んでいたもう一人の黒づくめの男にやられたらしい。


(しまった!? 仲間がいたのね!)


 刺客は動揺したパトリシアの隙を突いて屋根伝いに走り去ってゆく。

 追い掛けようか迷ったが、血を流し膝を着いたブレントの姿を見てパトリシアは追跡をやめた。


 屋根から飛び降りブレントの元へ駆けつける。


「ブレント様、ブレント様!」

 怪我は急所を外れていたが大量の血を見たショックからか、ブレントは気を失っている。


 パトリシアはボウガンの矢を引き抜くと、手を翳しありったけの力を注ぐように治癒魔法で傷を塞いだ。




「もう大丈夫ね……ふぅ」

 戦闘でまだ慣れない魔法の使い方をした後だったせいで、ブレントの怪我を治癒し終えた時にはパトリシアもぐったりとした。だが、まだ気は抜けないようだ。


「誰!」

 背後から感じた殺気に振り返る。すると茂みから黒い影が飛び出して来た。

 先程の刺客の仲間で、おそらくブレントを攻撃した張本人だろう。


「王太子に手を出すなんて命知らずなっ」

 走り去ってゆく刺客を今度こそ逃がさないと追い掛ける。

 しかし少ししたところで力尽きたパトリシアは眩暈から足を止めた。


(だめ……魔力を使いすぎてしまったみたい)


 極度の疲労感から動けなくなってしまう。

 悔しい気持ちで追いかけるのを諦めたパトリシアは、よろよろとした足取りでブレントの元へ戻った。けれど……。




 なんとか意識を保ち中庭に戻ると、夕方を知らせる時計台の鐘が鳴り響き白いハトがいっせいに飛び立ってゆく。


 そんな幻想的な雰囲気の中でパトリシアが目の当たりにしたのは……


「王子様、王子様! しっかりしてください!」

 横たわるブレントを抱きしめ叫ぶ少女の姿。


(あれは……)


 栗色の髪に庇護欲をそそる大きなエメラルドの瞳……間違いない。


 どくん、どくん、とパトリシアの心臓が早鐘のように脈を打つ。


 少女の叫び声を聞きつけ、徐々に野次馬が集まりだした。

「う、うぅっ……」

 意識が戻ったブレントは、まだわけが分からない様子で眉を顰める。


「殿下が目を覚まされたぞ!」

「救護を呼んだ奴らはまだか!」


 ざわざわとする喧騒の中、ブレントはわき腹に手をやりハッとする。

「傷が……塞がっている?」

 そこへ駆けつけた救護員が到着し、その場所で止血しようと傷を確認するが、傷口は跡すら残っていなかった。


 奇妙な出来事に戸惑いが広がったが沈黙を破る様に誰かが呟く。

「彼女が抱きしめていただけで、殿下の傷口が塞がった?」

「……奇跡だ。聖女の力なんじゃないか!?」

 そんなざわめきが広がる。


「貴女が殿下を助けたのか?」

 野次馬の一人が興奮した様子で問い掛ける。

 戸惑いの表情を浮かべていた彼女だったが、やがて覚悟を決めたように顔を上げ。


「わたしが治癒しました。わたしの中にある、癒しの力で!!」


「っ! 聖女だ。本物の聖女様だ!」


 そんな騒動は学院中に広まり、彼女は一日にして有名人となり、それはまるきりアニメでみた二人の出会いのシーンにそっくりだった。



 パトリシアの抵抗虚しく二人の物語は、どうやらはじまってしまったみたいだ。

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