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二十九話 聖夜祭の夜に②

「天窓から逃げるのが一番いいかもしれない」


 一通り会場内を見回ったパトリシアは、こっそりと外に出て魔法を使うと屋根に上った。

 この会場には天窓があり、ここから空へ逃げられる。


 最適な逃走ルートを確保してちょっぴりテンションが上がった……のだけど。


「…………なにやってるんだろう、わたし」


 天窓から会場を見下ろしふと我に返る。そこにはダンスを楽しんだり談笑する生徒たちの姿。キラキラとした瞳でパートナーを見つめる彼女たちはみんな幸せそうに見えるのに、かたや自分は……。


「会場に戻ろう……」


 思考がぐちゃぐちゃしてくる前に気持ちを切り替えそっと地面に降り立つ。

 そろそろ戻らないとブレントに怪しまれるかもしれない。

 人気のない会場裏を離れ、先程外に出る際に使用したテラス窓のある方へ向かうと。


「サディアス殿下?」

「あ……」

 テラスでばったりとサディアスに出くわした。


 ピシッとした正装だったが、相変わらず前髪と瞳を窺えない分厚い眼鏡から受ける印象で野暮ったい。


「お一人ですか?」

「ええ……そういう、サディアス殿下こそ」

 見渡せば、自分たち以外でテラスに出ている参加者たちは皆カップルのようだ。


「俺のパートナーはあちらに」

 サディアスが指した先に視線をやると、会場の中でブレントの腕に絡み付いている金髪の美女の姿が。


「……もしかして、あの人があなたの?」

「ええ。ただパートナーと言っても、彼女が夢中なのはブレントなんですけどね」


 それを承知で彼女を選んだのだろうか。

 確かに彼女は華があり遠目でも分かる程の美女だ。豊満な胸を腕に押し付けられ、ブレントも満更でもなさそうな顔をしている、気がする。


「ああいう女性がタイプなの?」

 人の好みをとやかくいうつもりはないが、意外性に思わず素で聞いてしまった。

「いいえ、別に」

 だがサディアスに少しだけそっけなくそう言われ、ますます意味が分からないとパトリシアは思った。


「じゃあ、なんでわざわざ自分に好意がない女性をパートナーに?」

 リオノーラならこんなことしなかったはずだ。パートナーを蔑に他の男性に擦り寄るなんてこと。


「本当に誘いたかった子には他に相手がいるし……」

 彼は俯きなにか呟いていたが小さすぎて聞き取れない。

 聞き返そうかと思ったがその前に顔を上げたサディアスが、今度ははっきりとした口調で答えた。


「彼女しかいなかったんですよ。俺なんかとパートナーになってくれる奇特な人」

 さらっと嘘を吐かれた。リオノーラの事はどうなんだと言いそうになったが、部外者の自分が首を突っ込むのはよくないかもと口を噤む。


「そんなことないんじゃないですか? サディアス殿下とご一緒したかった女性なら他にも沢山いたと思いますよ」

 当たり障りなくそう返し、そのままこの話は終わると思ったのだが。


 突然サディアスに手首を掴まれ引き寄せられる。驚いて見上げると。


「じゃあ……君は俺のパートナーになってくれる?」


「え?」

「もし、ブレントがいなかったら、俺と」

「…………」

 どうだろうか。少し真剣に考えてしまった。


 もしサディアスが十四歳のあの時、ブレントに勝って自分の婚約者になっていたら。

 そうしたら、ヒロインの存在に怯えることもなく……そう思い掛け、やめた。だって……。


(サディアス殿下もヒロインと出会ったら彼女に夢中になるかもしれない)


 アニメのサディアスは心優しいヒロインに惹かれ、彼女とブレントが恋仲になってもなお彼女を一途に思い続けていた。だからきっと何も変わらない。


 自分の婚約者がどちらの王子だったとしても、自分はいつか来る終わりに怯えてしまうのだろう。


「……そういうあなたはわたしをパートナーにしたいと思いますか? もし、わたしが聖女じゃなくて悪女だったとしても」

「…………」

 今度は意表を突かれたようにサディアスのほうが沈黙した。


 その時、ふと視線を会場の中へ向けると、きょろきょろと誰かを探しているブレントの様子が遠目に見える。


「時間切れですね。もう、戻らなくちゃ」

 サディアスの答えを聞くことなく、パトリシアは笑みを浮かべると会場に戻ろうとしたが再び手を掴まれ引き止められてしまう。


「思うよ」

「え……」

 サディアスの真剣な声になんと答えていいのか分からず驚く。


「聖女でも悪女でも、かまわない。君に誑かされて堕ちていくなら悪くない」

 いつもとは雰囲気が違う。前髪と眼鏡に隠れて見えないはずなのに、熱っぽい眼差しに射抜かれているような、そんな気がして……


「…………」

「…………」

 二人はしばらく無言で見つめ合った。


 たが、会場の中からパトリシアを探すブレントの声が聞こえパトリシアはハッと現実に引き戻される。


「行かなくちゃ……」

「そう……」

「…………」

「そんな困った顔しないで……今言ったことは冗談だから」

 パトリシアの沈黙をどう受け取ったのかサディアスは、はぐらかすような笑みを口元に浮かべ手を離した。


「ふふ、なんだ。一緒に堕ちてくれるのかと思ったのに。たちの悪い冗談ですね」

 でもそんな風に言ってもらえて冗談でも悪い気はしない。だからパトリシアはくすっと笑って今度こそ会場に戻った。



「……君が望んでくれるなら、本当に俺はなんでもしてしまいそうだけどね」

 背中に浴びる熱い視線には気付かないまま……




「どこに行っていたんだ!」


 会場に戻るとブレントのご機嫌が最悪な状態になっていた。

 隣を離れるなと言われていたのに勝手な行動を取ったせいだ。


 ちなみに自分が令嬢たちをはべらせて、パトリシアをほったらかしにしていたことは不問のようだ。


「少し外の空気を吸っていただけですわ」

「外の空気?」

 ブレントは訝しげな目をしてテラス窓の方へ視線を向ける。

 外でサディアスと話していたことに気付かれら余計に面倒なことになるだろうから。


「ブレント様が他の女性ばかり構うから見たくなかったんです」

「っ!」

 そう言って誤魔化しパトリシアは少し強引にブレントの腕を引っ張ると「踊りましょう」と連れ出した。




 楽団の生演奏に合わせゆったりとステップを踏みながら見上げ表情を見るに彼のご機嫌は直ったようだ。


「ふん、オレが他の女といたことに嫉妬でもしていたのか?」

 得意げな顔でそう聞かれたが、パトリシアは否定しなかった。嫉妬とは違うかもしれないけれど。


「わたくしは、いつだって不安ですよ。あなたの気持ちが、他の女性に向いてしまうことが」

 今日は特別な夜だから。素直な気持ちを伝えてみた。自分はいつもまだ現れてもいないヒロインに怯えているのだ。


「っ…………」

 鼻で笑われるかと思ったらなぜか彼は硬直した。

「ブレント様?」

 顔が赤い気がして心配になったパトリシアが、さらにブレントの顔を見つめると。


「んっ!」


 突然唇に柔らかい感触が下りてきて「キスされた」と他人事のように思った。

 遠くの方で令嬢たちのざわめきが聞こえてくる。

 こんな人前で見せつけるようにするなんて……困った人だ。


「怒ったのか?」

 唇が離れてすぐそう聞きながらも、ブレントは自分にキスをされて嫌がるはずないといった態度だったが。


「……怒りました」

「なっ!」

 ここで許してしまうと、なし崩しにブレントの行為がエスカレートする気がするから。というか、いくら婚約者とはいえ、こんないきなり人のファーストキスを奪うのはどうなのだと思った。


 アニメの彼もこういう態度をとっておいてヒロインが現れた途端に心変わりしたのだとしたら、断罪されたパトリシアに同情する。


「な、なんで睨むんだよ!」

「すみません、色々思うところがあって」

「普通ここは、頬を赤らめて喜ぶところだろ!!」 

「……普段、他のご令嬢たちには喜んでもらえると」

「そ、そんなこと、誰も言ってない、だろ」

 明らかに目が泳いでる。怪しい。


 ブレントはパトリシアからの疑惑の視線から逃れるように、このぐらいで怒るなとグチグチ言いながらも。

「……さっきのオマエは、可愛いかったのに」

 とムスッと頬を赤らめ呟いていたのだった。



 そんな感じで、ロマンティックの欠片もないままファーストキスを奪われ、聖夜祭の夜は過ぎていった。


 ブレントの女好きは、アニメの時から知っているのでどうでもいい。ただ一人ヒロインにさえ、心奪われないでくれさえすれば……


 何度も、このまま何事もなく過ぎてくれればいいのにと願った。


 だが……もう一人の聖女候補が現れたかもしれない、と王家に連絡が入ったのは、それから一ヶ月程過ぎた頃のことだった。

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