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二十六話 義妹の恋の行方③

 夜、いつもなら家の人たちは寝静まっている時間帯だが、今日のマクレイン家は騒がしかった。


「まだみつからないの!!」

 ミアの金切り声が屋敷に響き渡っている。


「早く見つけなさい!! あの子になにかあったら、あったら、私っ」

「奥様、少しお休みになったほうが……」

「娘が行方不明なのよ!! 休めるはずありません!!」


 パーティー会場からリオノーラがいなくなったらしい。

 帰りに迎えの馬車へは乗らずにふらりと逆方向へ歩いて行ったという目撃情報から、攫われたのではなく自らの意思でどこかへ消えたようだが。


「あぁ、私はいったいどうしたらっ」

「奥様、お気をたしかに!」


 ついに白目をむいて倒れたミアを、メイドが二人掛かりで支えている。

 こんな時にクラウドは仕事で数日帰ってこない予定だったし、リアムはまだ留学中。

 生粋のお嬢様であるミア一人でこの状況は、精神的負担が大き過ぎたのだろう。


(家出かな……昼間はあんなに嬉しそうにしてたのに)


 彼女の身になにがあったのか知らないが、自ら家を出たのなら世間知らずにも程がある。自分の身の回りのこと全部、メイドにお世話してもらっている箱入り娘のお嬢様がいきなり外の世界でやっていけるわけがない。


 心配な気持ちもあったがなにをして良いかも分からずパトリシアは、ただ魘されるミアに付き添い見守ることしかできなかった。




 深夜になった。ミアが寝込んでしまったため金切り声は止んだが、未だリオノーラの行方はつかめていない。

 ドレス姿でフラフラしていたら目立ちそうなものだが。


「リオノーラ様が無事みつかりますように」


 パトリシアは自室のバルコニーに立ってそうお祈りをした。


 そしてこんな時だけど今夜も修行は行こうと思う。今日ぐらい寝込むミアにずっと付き添っていようかとも思ったが、目覚めて傍にいるのがリオノーラじゃなく本当の娘でもない自分だったら複雑かもしれないと思ってやめた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 暗闇の中、厳つい男に担がれてリオノーラは運ばれていた。


(どうしてこんなことに……)


 サディアスにフラれ自暴自棄になったリオノーラは、それでもあの後サディアスから「先程は自分が悪かった」と謝罪があるのではないかと期待したのだが、結局夜会がお開きになるまで一度も声を掛けてもらえなかった。


 傷心したリオノーラは、不貞腐れ少し姿を暗ませて驚かせてやろうと思ったのだ。


 自分がいなくなれば騒ぎになる。その原因がサディアスのせいだと知れ渡れば彼も自分のしたことを後悔してくれるのではないか……そんな身勝手な思いから迎えの馬車には乗らず夜の街に繰り出し……道に迷って治安の悪い路地裏に迷い込んで人攫いに捕まり意識を失って……目覚めたらこうなっていた。


 どうして自分がこんな目に……と、嘆きたかったが、思い返してみてその自業自得具合になにも言えなくなる。


「こんなに豪奢なドレスと装飾品を着けた少女が手に入るなんてな。これは絶対に高値で売れる。今夜は運が良いなおれたち」

「まったくだ。お頭も喜んでくれるだろうよ」

 ゲスな笑みを浮かべた男が全部で五人。自力では逃げられそうもない。


(そんな……わたくし、このままどこかへ売られるの?)


「放して!!」

「ちっ、お姫様のお目覚めか」

「このドレスも宝石も、欲しいなら差上げますわ。だから、わたくしは解放して!!」

「誰が解放なんてするか」


「放して、放しなさい!!」

「暴れんじゃねぇ! 調子に乗ってっと命はねーぞ!」

「ひっ」

 ドスの利いた声でどやされリオノーラは恐怖で身体が竦んだ。


「こっちとしては、生きたままじゃなくたって、若い女の身体は売れるから問題ねーんだよ」

「ククッ、生きたまま売られるか、死んで臓器を売られるか、どっちがいいんだいお嬢ちゃん?」

「いや……やめてっ……誰かっ」

 ペチペチと冷たいナイフで頬を叩かれ声が震える。


「ハッハッハ、こんな森の中で誰かが助けに来るわけねーだろ」

「いやーっ、誰かー!!」

 こんな時、王子様みたいに素敵な男性が颯爽と助けに来てくれたら……そんなことを強く願いながら、リオノーラが恐怖で目を瞑った時だった。


 ドカッ!!


「うっ!?」

「きゃあ!?」

 鈍い音が聞こえたかと思うとリオノーラを抱えていた男が突然倒れた。

 放り出されたリオノーラは地面を転がりなにが起きたのかと顔を上げる。


「逃がすか!!」

 殺気の満ちた目で別の男が襲い掛かってきたため、恐怖で腰が抜けて動けない。

 だが男の大きな手がリオノーラに届くことはなかった。


 その前に現れた影が男の頭に後ろから飛び蹴りをくらわせ倒したからだ。


(な、に……)


 本当に王子様が現れて助けに来てくれたのかと思った。


(もしかしてサディアス様が!!)


 しかし顔を上げるとそこに立っていたのは。


「こんなところで奇遇ですね」

「あなた、なぜ……」


 月光を背にこちらに振り返ったのは、リオノーラにとっては見慣れた大嫌いな少女だった。


(なんで、パトリシアがこんな森の中にっ)


「いきなりなんなんだ嬢ちゃんは!!」

 一瞬で仲間を二人も気絶させられ、呆然としていた人攫いたちは残り三人。

 そのうちの一人がタガーナイフを振り上げ襲い掛かってきた。


 大男に襲われては、このまま刺されて終わりのはずだ。けれどパトリシアはまるで背後にも目があるかのように、的確に後ろからの刺客へ回し蹴りをお見舞いする。


「なっ!?」

 タガーナイフを蹴りで吹っ飛ばされた男が目を見開いている隙に敵の喉仏へ一撃お見舞いした彼女は、呻く男の首にとどめの手刀を入れて気絶させた。容赦がない。


 人攫いは残り二人……


(嘘……こんなあっという間に、大男を三人も伸してしまうなんて……信じられない)


 いつも憎たらしいぐらい完璧な聖女を演じている彼女と同一人物だとは思えない切れのある動きだ。


「くそっ!!」

 このままじゃ負けると判断した男が、リオノーラを人質に取ろうと動くが。

「っ!!」

 腰が抜けたままのリオノーラは動けずに、このまま捕まってしまうと思った。しかし。


「きゃあ!?」

 パトリシアが手を翳し何かを唱えたら、突如出現した魔法陣に持ち上げられリオノーラが空に浮上する。


「な、な、なんですの!?」

「すみません。人質になられては困るので、少しそこで大人しくしていてください」

「っ!!」


(なんなのよ。なんなのよ~!!)


「…………」

 見下ろせば地上では厳つい男二人を相手に、物怖じせず戦っているパトリシアの姿が。


(本当に、なんなのよ……)


 助けに来てくれたのは夢見ていたような理想の王子様じゃなくて、でも。


(パトリシアのくせに、パトリシアのくせにっ、なんであんなに……)


 その身のこなしはそこら辺にいる男性よりもずっと強くて綺麗で不覚にも……カッコイイと思ってしまった。

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