二十三話 聖夜祭への誘い
気が付けば季節はもう冬の始まり。
「くしゅんっ」
さすがにこの時期に深夜の湖の畔は冷える。厚着をしてきたつもりだったが、パトリシアは身震いをして両腕を擦った。
しかし人目を忍んで大掛かりな魔法の練習をするには王都から離れ人里のない周辺の森が好都合なのでしかたない。
おかげで思う存分魔法の練習を続けたパトリシアは、飛行時間と速度も順調に伸ばし、今日はついに風の壁で攻撃を弾く防御壁を作る事に成功した。
「でも、まだまだ、もっと強くなりたい」
いまだに聖女の刻印は体のどこにも現れてくれない。それでも今は治癒魔法を使える少女がパトリシアしかいないので、誰も聖女じゃないなどと疑う者はいないけれど。
あと一年もしないで同じ力を持つヒロインが現れたら……
「……わたし、やっぱり偽物にされちゃうのかな」
明日は、またブレントとの定期的なお茶会の日。その前にいつもの書庫へ行ってもっと魔術書を熟読しようと、不安をかき消すようにパトリシアは思ったのだった。
が、次の日。いつものようにブレントとの約束の時間より早めに着いたパトリシアは、書庫へ向かおうとした所をジュールに引き止められそのままブレントの部屋へと直行させられてしまう。
ブレントにこれから出掛けなくてはいけない急用が入ったため、予定を前倒ししてほしいとのことだった。
(急用ができたなら、キャンセルでもよかったのに)
今までも何度もドタキャンになったことがあり、その際はお茶会の時間まるまる書庫にいられたのでなんてラッキーな日だろうと思っていたのだが。
「失礼します、パトリシア様をお連れしました」
「ああ、入れ」
ジュールはドアを開け一礼するとパトリシアを部屋へ通し出て行ってしまう。
「どうした。こっちに来い」
白い正装姿で鏡の前に立っているブレントに呼ばれた。濃紺のマントを翻し振り返る姿は、いつもに増して絵本から出てきたような王子様っぷりだ。
支度を手伝っていたメイドたちは、お辞儀をすると入口付近に控えるように立つ。
それを見て部屋に二人きりにさせられなくて良かったと内心思いながらパトリシアはブレントの元へ歩いた。
「今日はこれからご公務ですか?」
「ああ、父上が行くはずだった会に顔を出せなくなってな。父上からのご指名でオレが代わりに行ってくる」
そう言うブレントの顔はちょっぴり誇らしそうだ。
「本当ならばいつも暇そうな兄上に行かせたいところだが、アイツは社交性の欠片もないから」
ブレントは「やれやれ」と少し兄を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
確かに今回はサディアスとブレントならば適任はブレントなのだろう。まだ若いが自信に満ち溢れ堂々としているし華がある。それに比べ、サディアスは他人と係わる事に消極的だ。けれど。
「サディアス殿下も決して話ベタではないと思うんですけどね。とても知的な方ですし」
この城の人たちは、サディアスを侮りすぎなんじゃないかとパトリシアは思う。
(国王陛下だけは、二人を見る目が平等のようだし。社交の場としての夜会ならブレント様だけど、これが大事な商談や交渉の場ならサディアス殿下を選んだ気がする)
ブレントの性格では焚き付けられると相手の思うつぼな反応をしてしまいそうだ。それに比べサディアスは、冷静沈着でポーカーフェイスが上手そう。
いつも古代文字で書かれた書物をすらすら読んでいる姿から、底知れないなにかを感じる。
「――い、おい! 聞いているのか」
「あ、はい」
ついぼんやりとそんなことを考え込んでいたら、ブレントの顔が不機嫌になっていた。もう見慣れた表情でもあるが。
「オマエ、今アイツの事を庇っただろ」
「え、そんなつもりは」
思ったままの感想だったけれど、ブレントにとっては面白くない一言だったようだ。
「オマエは日ごろからオレの婚約者だという自覚が足りない!」
「そんなこと……」
「だいたい、毎回オレに会う前にアイツと書庫に籠っているのも気に入らなかったんだ!」
「サディアス殿下に会うために書庫に通っているわけではありませんよ」
「どうだかな!」
パトリシアとしてはやましい気持ちなどないので、そこまで気に留めていなかったけれど、書庫へ行けば必ずと言っていい程サディアスもいるのは事実。
確かによく考えれば婚約者が毎回自分よりも先に兄に会っているのはブレントにしてみれば面白くないのかもしれない。パトリシアは反省した。
「……少しわたくしの配慮が足りなかったかもしれません。すみませんでした」
「ふん、分かったならもう書庫へ行くなよ」
「それはできません」
「なっ!? オマエ、ちっとも反省してないじゃないか!」
あなたがわたしを断罪しないと誓ってくれるなら、もう行きません。と内心思ったがさすがに言えない。
(結局、わたしもブレント様を信用していないんだ)
ブレントがパトリシアを信用していないのと同じ。パトリシアもブレントが自分を一途に愛してくれる人だとは信じていないのだ。
婚約してしばらく経つけれど、自分たちはちゃんと心を通わせられていないのだなと実感してしまった。
そして、己の身を守るための勉強も大切だけれど、やはり彼との信頼関係を築くことを怠ってはいけない気がする。
「書庫へ行くのは本当にサディアス殿下に会うためではありません。将来のため勉強しているのです。どうしたら信じていただけますか?」
「……信じてほしいなら、ちゃんと態度で示せ」
ブレントが今なにを要求しているのかは、なんとなく雰囲気で分かる。
自分から身を寄せると無言のまま屈んできた彼に、パトリシアは背伸びをして頬に口付けた。
「こんなことするの、ブレント様にだけですよ」
「そんなの当然だ」
唇じゃなかった事が若干不服のようだが、ブレントの表情が少しだけ柔らかくなる。
「ずっとあなたのお傍にいたいと思っております。あなたがわたくしを手放さない限り」
好きだとか愛してるの言葉は、今はまだ嘘になるので口にしなかった。
ただ今の自分が言える精いっぱいの本当の気持ちを伝える。
「オマエはオレの聖女だ。手放すはずないだろ」
自信満々に言い切るブレントの言葉に胸がざわめく。
ならば、わたしが聖女でなかった場合は……?
来年の今頃も、彼は同じ言葉をくれるのだろうか。
そんなパトリシアの不安など知らないブレントは、手を取りパトリシアの左手にブレスレットをつけてきた。
「これは?」
「もうすぐ学院の聖夜祭がある。オレのパートナーとしてオマエも出席しろ」
「っ!!」
小さなガーネットのついたブレスレットにパトリシアはハッとする。
これは年に一度、学院の聖夜祭に出る事が許された者にだけ渡される参加資格のブレスレットだ。
そしてアニメでは一年後の聖夜祭にて……パトリシアの断罪が行われる。
「そうだ当日はオレの選んだドレスを着て来い。いつかみたいなセンスのない古めかしいドレスを着てこられたらこっちが恥を掻くからな」
ブレントがなにか言っているが、一年後の事を思い上の空になってしまう。
「おい、聞いているのか?」
「は、はい」
ハッとして顔をあげるとブレントが怪訝そうな顔をしていた。
「嬉しくないのか。オレのパートナーに選ばれたんだぞ!」
「そんなこと……光栄ですわ、ブレント様」
精いっぱいの笑顔を作ると、ブレントも「当然だ」と満足そうに笑った。
「やっぱりあるんだ、聖夜祭。アニメと同じ……」
ブレントと別れた後、パトリシアは複雑な気持ちで書庫に向った。
迎えが来るまでまだ時間があるので少しは魔術書を読む時間が取れそうだ。
しかしその足取りはいつもと違って重たい。
(そうだ、今年のパーティーはいざという時の逃走経路を下見しておこう!)
少しでも不安を払拭するため、パトリシアは自分にそう言い聞かせた。
「きゃっ」
「おっと、すみません」
ろくに前を見ていなかったせいで、ちょうど書庫から出てきたサディアスとぶつかってしまった。
よろけたパトリシアが倒れないよう、サディアスは手を掴み支えてくれる。
「こちらこそ、すみません」
「今日はてっきりもう来ないのかと……」
言い掛けてサディアスの視線がパトリシアの左手に移る。その手首には、先程もらったブレスレットがつけられていた。
パトリシアの手を優しく掴んでくれていた手に、ぐっと力が籠められる。
「サディアス殿下?」
「……先にブレントに会っていたんだ」
「はい」
「そう……俺はもう部屋に戻るので、ごゆっくり」
サディアスは、パトリシアの手を離すと口元に薄い笑みを浮かべすぐにいなくなった。
パトリシアもそれを特に気に留めることなく、書庫へ入り魔術書を読み漁りその日は終わった。




