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二十話 それは不遇な恋の始まり③

 決闘の舞台は普段騎士団が使っている闘技場。


 観客は大きな会場にまばらで思っていたより少ない。国王陛下と王妃、騎士団長に近衛兵数人、以前のサロンで受付役だった男性。彼はジュールという名でブレントの側近のようだ。


 それから大臣たちが数名。王族含め王室関係者が数名。そしてクラウドにパトリシア。


 ブレントの母はいるのに、側室であるサディアスの母は来ていないようだった。


 会場は厳かな雰囲気に包まれていたが、パトリシアの座る特等席からは、ひそひそと話す近衛兵たちの会話が聞こえてくる。


「試合放棄するのかと思ったら、サディアス殿下も時間ギリギリに来たみたいだぞ」

「へー、けどブレント殿下とじゃ力の差がありすぎる」

 まだ試合前だというのに、誰もがブレントの勝利を疑っていないようだ。


「……ブレント殿下は、そんなにお強い方なのですか?」

 隣に座るクラウドに小声で尋ねると、彼は少し考えてから「そうだな」と答えた。


「ブレント殿下は弱冠十四歳にして、既に二属性の魔法を使いこなし剣術でも下っ端の騎士たちでは敵わない腕を持っている」

 二属性を持って生まれてくるだけでも珍しいのに、この年齢で使いこなせるのは確かにすごい。


「それに対しサディアス殿下は属性を持って生まれてこなかったらしい。剣術に関してもあまりやる気がなく争いごとを好まない性格と聞く。いつも書庫に籠り読書をしているようだ」

 淡々と教えてくれるクラウドからの情報を聞きながらパトリシアは首を傾げる。


(それだけ聞くと王になる気はないようだけど……でも、さっき彼は……)


「だが私は、本当にそうなのだろうかと思っている」

「え?」

「魔法の才を持って生まれる者は少ないが、王家の血が濃い者に限っては逆に才を持って生まれてこない方が珍しい」


 それはつまり本当にサディアスは魔法が使えないのかと疑っているということだろうか。


「なにをやってもブレント殿下に敵わないようだが……本当にそうなのだろうか」

 サディアスは転生者でもないのに、自分は一生ブレントの引き立て役なのだと苦しんでいるようだった。彼にもなにか事情があるのかもしれない。


「お前はどう思う?」

 サディアスの苦悩は先程少しだけ聞いたけれど、魔法云々に関しては分からない。でも。

「今日は彼の本気が見れるかもしれません」

「ほう」


 本人がそう言っていたし。

 アニメでは冴えなくて、まさにブレントを引き立てる当て馬キャラだった印象しかないサディアスだけど、彼の努力でこれからが変わるなら見守りたいと思った。


 サディアスを心のどこかで応援している自分がいるのは、頑張れば物語の強制力に勝てると証明してほしいという気持ちがあるからかもしれない。


「そろそろ、始まるようだな」

 会場に視線を向けると、サディアスとブレントが姿を現した。






「なんだ、怖気づいて決闘を放棄するのかと思っていたぞ。オレにいつだかみたいな不正は通用しないからな」

 向かい合い立つと開口一番にブレントがそう言う。


「そんなことしないよ。今日こそ正々堂々と勝負しよう、ブレント」

 サディアスはそれに対し静かに一言返した。

「フッ、いいだろう。その勇気に免じて同条件で勝負してやる」

 ブレントの言葉に観客席が少しざわつく。


「このまま戦ってもフェアじゃないだろ。オマエのレベルに合わせ、オレは一切の魔法を使わない」

「……そう、ありがとう」


 決闘のルールは簡単だ。どちらかが「参った」と言うか、舞台から落ちるか、意識を失えば負け。決められた時間内に勝負が付かなかった場合は、審判である騎士団長が優勢と判断した者を勝者とする。


 説明が終わると二人に剣が渡された。相手を斬ることができる真剣勝負。

 パトリシアが特等席に呼ばれている理由は、王太子の婚約者としてだけでなく、聖女としてこの戦いで重症を負った相手に治癒魔法を施すためだ。




「それでは、両者一礼を」

 審判の一声で両者は見合い、形式通りに一礼して構える。


 ビイィィィィィッ――


 始まりの笛が鳴り響いたと同時に二人は前へと飛び出した。


「「っ!!」」

 開口一番に振りおろされたブレントの攻撃を軽やかに避けると、サディアスは後ろに回り込み攻撃を仕掛ける。

 ブレントはなんとかそれを受け止めたが、バランスを崩し眉を顰めた。


 サディアスは間髪を容れずに攻撃を続ける。


 キィン キィン キィン――


 なんとか攻撃を受け止めてはいるものの、それが精いっぱいのブレントはどんどん後退し素人のパトリシアから見ても押されている状況だった。

 立会人たちは、まさかこのままサディアスが勝つのかとざわついている。


「な、なんだっ、腑抜けのくせに調子にのるなよ!!」

 動揺した様子でブレントは剣を振り上げ叫ぶが。

「っ……俺は、腑抜けじゃない!!」

 サディアスは、その一撃も受け流す。


(がんばって……がんばれ!)


 気が付けばパトリシアは両手を握りしめ応援していた。


 ブレントは舞台の縁まで追い詰められ、このまま場外になるのかと皆が息を飲む中、悪あがきをするように剣を振り回す。そんなブレントの攻撃をサディアスは難無く剣で受け止めた、がその瞬間……


「っ!?」


 サディアスの剣が折れた。


 今だというようにブレントが攻撃を仕掛ける。その攻撃は僅かにサディアスの頬を掠めたが、剣が折れてもなおサディアスは勝負を諦めていないようだった。


 折れた剣を捨て、素手て構える……その時


 ビイィィィィィッ――


 始まりと同じ、試合終了を知らせる合図の笛が鳴り響いた。


(もう終了なの?)


 聞いていた制限時間より早く感じたのは、白熱した試合にのめり込んでいたせいだろうか。

 しんとした静寂に包まれる中、審判の声が響き渡る。


「勝者、ブレント殿下!」


「ふん、オレの攻撃の重さに剣が耐えきれなかったようだな」

 ブレントは清々しい顔でそう言った。

「…………」

 サディアスは折れた剣を無言で見つめている。


 そこで「ワァー!!」と歓声が上がりだした。

 無言でいる国王の隣で王妃も嬉しそうに拍手を送っているのが見える。


「剣って、あんなに簡単に折れるものですか?」

 祝福ムードに水を差さぬよう、パトリシアはこっそりとクラウドに尋ねた。


 なぜ誰も疑問に思わないのだろう。どう見てもサディアスが優勢の試合だったのに。

 ブレントが勝者となったのは剣が折れたからという理由なのだろうか?


「折れないとは言い切れない」

 クラウドは特に表情を変えず淡々と答えた。

「ただ、一つ覚えておくと良い。世の中、実力だけではどうにもならない事もある。生まれ持った才能ではなく、境遇ではブレント殿下の方が恵まれているという話だ」


(もしかして、サディアス殿下の剣だけ誰かによって細工されていた?)


 いつの間にかブレントの周りには人が集まり、ポツンと一人サディアスは蚊帳の外だ。


(これがヒーローと脇役の差? 宿命なの?)


 彼が今なにを思っているのかは、分厚い眼鏡と長い前髪で隠されて窺えないけれど……パトリシアは、そっと席を立つとサディアスの元へ向かった。




「お疲れ様でした」

「……予想通りの結末でしたけどね」

 サディアスは自嘲気味にそう答えた。

 強くて気迫のあった先程とは別人の、噂通りの大人しい男の子のように。


「やっぱり必死でがんばろうと足掻こうと意味なんて……」

「そんなことない。あなたの勇姿、目に焼き付いています」

「っ!」

 そっとサディアスの頬に手を伸ばし、その傷に触れ治癒魔法を掛けると彼は驚いたのか少しだけ肩を竦めた。


 今の戦いの中でサディアスはちっともブレントの引き立て役なんかじゃなかった。


「かっこよかったですよ。この会場の誰よりも」

「……ありがとう」

 サディアスの声は少しだけ震えていた。感情を堪えるように。


 大勢に祝福されているブレントを尻目に、自分一人にそう言われたって彼の心は傷つく一方なのかもしれない。


「パトリシア様、失礼します」

 そこにブレントの側近ジュールがやってきた。

「そろそろ王位継承順位確定の儀を執り行いますので、こちらへ。ブレント殿下もお待ちです」


 そうか。今日から自分は正式にブレントの婚約者になるのか。

 アニメのシナリオ通りだ。

 まだ実感がなさ過ぎて他人事のようだけれど。


「……分かりました」

 一呼吸したパトリシアは覚悟を決めるように頷くと、サディアスに一礼してブレントの元に向ったのだった。




「俺は……この試合に負けた今日を、一生後悔し続けるのかな」


 その日、ブレントの隣に並ぶパトリシアの姿をずっと見ていた彼の切なさの滲む視線に、パトリシアが気付くことはなかった。

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