十五話 王子たちとの顔合わせ⑤
ブレントに振り回され結局パトリシアはサロンが終わるまでサディアスに話し掛けることが許されなかった。体力には自信があったのになんだかぐったりだ。
そしてサロンもお開きになり皆が帰りだした頃、ようやくついて来いとブレントに腰を抱かれサディアスとリオノーラの元まで連れて行かれる。
馴れ馴れしいなと内心思いながらも、王子の手を払いのけるわけにもいかず、パトリシアはされるがまま従った。
「サディアス、今日は随分とそこの女と一緒にいたようだな」
「ブレント……君こそ聖女に挨拶もしないで、ずっとその子と一緒にいたの?」
(彼が、サディアス殿下)
ようやく近くでお目に掛かれた彼は、少し長めの銀髪を雑に後ろで束ね分厚いレンズの眼鏡を掛け……一言で言うと華がない。随分と地味な印象を受ける。
ブレントと対照的な王子だった。
「なにを言うんだ。聖女をほったらかしにしていたのは、オマエのほうだろ」
「え?」
サディアスは戸惑いの表情を浮かべている……ようだった。眼鏡のレンズが分厚すぎるのと、長い前髪で顔の左半分が隠れ表情が読み取りづらいが。
「おい、オマエ」
突然声を掛けられたリオノーラはバツの悪そうな表情を見せた。
「そんな怖い顔で声を掛けたら彼女が驚いてしまうよ」
しかしサディアスがリオノーラを背で庇うように前に出てくれたのを見て、リオノーラは瞳を輝かせている。
「どうしたのかしら」
「もしかして、聖女様の取り合い?」
「え? でも聖女様はあちらの方じゃ?」
会場に残っていた参加者たちが野次馬となりざわめいている。
「その徽章は聖女だけが着けることの許される神聖なモノ。今すぐコイツに返せ」
「どういうことかな? 彼女が聖女じゃ……」
「そ、それは、その」
リオノーラは上目遣いで助けを求めるようにサディアスの服の袖をきゅっと握る。
「そいつは聖女の妹だ。徽章を利用して、オマエに取り入ろうとでもしたんじゃないのか?」
「そ、そんな、取り入ろうだなんて。これは、お姉様が貸してくれるって押し付けてきたから、仕方なく」
結構な注目を浴びている。
ここで変な騒ぎを起こしてマクレイン家に泥を塗ったら、クラウドに大目玉をくらいそうだ。
「えっと。はじめまして、聖女候補のパトリシアと申します」
「は、はぁ……」
サディアスはパトリシアとリオノーラを交互に見て戸惑っているようだが、この場に長居はしたくないので立ち去ろうと思う。
「また、機会がありましたら改めて……ほら、リオノーラ行きましょう」
パトリシアはお辞儀をすると、リオノーラの手を掴み引っ張った。
「サディアス殿下、わたくしの本当の名はリオノーラ! リオノーラ・マクレインです! 今日はとても楽しかったですわ!」
リオノーラはパトリシアに引っ張られながらも、頬を赤らめキラキラとした笑顔で何度もサディアスに手を振っていた。
(……サディアス殿下は、冴えないとか、自分には釣り合わないとか言ってなかったっけ?)
どんな心境の変化か知らないが、リオノーラはすっかりサディアスに夢中なようだ。
パトリシアは全然話せなかったので、サディアスのことは良く分からないまま、初顔合わせは終了した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ククッ、本当にオマエは間抜けだな、サディアス」
マクレイン家の姉妹が会場を去った後、ブレントは堪えきれず吹き出した。
「あっちを聖女だと思い込んで、オレを出し抜いたつもりにでもなっていたんだろ。残念だったな」
「……別に、そんなつもりはなかったよ。どうしてブレントは挨拶に来ないんだろうとは思っていたけど」
サディアスはいつもこうだ。なにを言って挑発しても冷静で感情的にならない。実力もなく弱いくせに、そういう余裕ぶった態度がブレントは気に入らなかった。
「今さら聖女に取り入ろうとしても無駄だぞ。あの女は既にオレに夢中のようだからな」
こちらに見惚れて、懐かしい感じがすると言い出すぐらいには。
「そうか。さすがブレントだね」
無害な笑みを口元に浮かべサディアスは「サロンも終わったし失礼するよ」と、会場を出て行った。
「やれやれ、本当につまらない兄上だ」
(だが、手加減はしない)
王位継承権を決める試合の際は一撃で打ちのめす。
まだ微力ながら残っているサディアスを王にと望む派閥に、自分の力を見せつけるいい機会なのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………」
コツコツコツ――
人気もなく薄暗い城の廊下にサディアスの靴音だけが響く。
「…………」
コツコツコツ――
「…………」
コツコツコツ――
「…………チッ」
舌打ちをしたサディアスは、ピタッと歩くのをやめると。
ガンッ!!
今日一日のストレスを発散するように、廊下の支柱に重たい蹴りを一撃入れた。
「クソッ!」
(ああ……俺はこのまま、アイツの引き立て役として、なんの価値もない一生を終えるのか)
ギリギリと噛みしめた下唇からは、ツーッと赤い血が流れていた。
 




