プロローグ
燃えている――
深夜。炎の爆ぜる部屋の中を少女はぼんやりと眺めていた。
「くそっ、村長に裏切られたんだ」
父ジェイクが奥歯を噛みしめそう言うと、少女を抱きしめる母セルマの身体が小刻みに震える。
ジェイクは震えるセルマと娘を力いっぱい抱きしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「アナタ……」
セルマもまた震えが止まると覚悟を決めたようにジェイクを見つめ頷き合う。
「いいかい、パトリシア。もしもの時は、クレスロット王国に向いマクレイン侯爵様を頼るんだ」
そっとローブを着せられ、内ポケットに何かが入った小袋を入れられる。
「……幸せになるんだよ」
ジェイクは娘の頭を撫でるとセルマにそっと口付けた。
(まるで一生のお別れみたい……)
パトリシアがそう思った瞬間……
「お父さん!!」
木こりの父は仕事道具の斧を振り上げ窓を割るとそのまま炎を潜り抜け外に飛び出した。
「行くわよ」
「っ!?」
パトリシアを抱き上げたセルマがジェイクの後に続いて外へ出る。
「うわあぁあぁぁっ!!」
家の周りには松明を持った村人たちがおり、ジェイクが斧を振りまわし出来た道をセルマが走り抜ける。
「お母さん、お父さんがっ!」
「振り返っちゃダメ!!」
家を離れるとパトリシアは地面に下ろされ、手首を掴まれ引きずられる様にして走り続けた。
「そっちに逃げたぞ!!」
「探せ!! パトリシアを逃がすでないぞ!!」
(なんで? どうして? 村長たちが追いかけてくるのは……わたしのせい?)
「いたぞ、こっちだ!!」
「っ!!」
鉢合わせた厳つい男が大きな手をこちらに伸ばしてきた。
「パトリシア!」
「お母さん!」
セルマがパトリシアを隠すように厳つい男の前で両手を広げる。
「行きなさい!」
(どうして?)
「早く、行きなさい!」
(なんで?)
「逃げるの! パトリシア!!」
「っ!」
男に片腕でなぎ倒されてもなお、セルマは男の足にしがみ付き必死で足止めをする。
パトリシアはなにがなんだか分からないまま、けれど逃げなければと走り続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
村を出ても走り続けた。暗闇の中、何度も転びながら林の中を。