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「手伝いに来たよー!!」
佐山陽菜が取り巻きをぞろぞろと引き連れてやってきたのは、夏休みも半ばを過ぎた頃だった。
僕は、雨宮の言葉が気になったまま、何も聞けずにひたすらお化け屋敷の準備に勤しむフリをした。段ボールをペンキで黒塗りにするのは時間と費用がかかりすぎるので、黒いビニール袋を貼り付けることにしたのだが、これが功を奏してなんとか充分な量の壁材を用意できた。後はこれを使って教室の中を迷路にできれば、お化け屋敷の大枠は完成。
佐山が現われたのはそんな折。クラスの連中のおよそ半分という大所帯で、ぞろぞろと扉から教室の中へと入ってくる。
SNS上に設けられたクラスのコミュニティで、勉強会と銘打って募集がかけられていたのが昨日。無視を決め込んだ僕に佐山から直々にお誘いがあったけれども、丁重にお断りしておいた。どうやら、その会で偶然、文化祭の話題でも飛び出したのだろうと僕は推察する。
僕はと言えば、コミュニティに参加はすれど、一度も発言したことはない。
「何これ?」
一気に騒々しくなった教室で、佐山陽菜はきょとんとした声を上げた。見ているのは雨宮がお化け屋敷の外観の装飾のために描いたコウモリの絵だった。あれから何回も描き直して、一番マシに見えるやつを二人で選んだのだ。
「ちょ、これは、ないでしょ」
佐山陽菜は笑いながら、クラスメートたちに絵を見てみるように声をかける。
そこまで嘲笑を込みでニヤつかれると苛つくからやめてほしい。
ただ、僕はどうしようもなく臆病者なので、それに対して何を言うでもなく、ちらりと雨宮の方を見た。
雨宮は、笑っていた。悪戯がばれてしまったときの子どもが、言い訳を考えているときのような、そんな顔で。「ばれちゃったかー」と、舌をぺろりとだすような。
僕は安堵に溜息をつく。あれ、なんで、僕はホッとしているんだろう? そんな疑問が頭をよぎる。雨宮が傷ついてなさそうでよかったと思ったんだろうか。
いや、それじゃ半分。
きっと雨宮が少しでも悲しそうだったり、悔しそうだったりしたら、僕は何かを言わなくちゃ、と自分を急きたてなければならなかった。だから、そんなことにならなくて、よかった、と僕は思ったんだ。
でも。
でも、それじゃダメだろ。
雨宮は笑うしかないだろ。だって、あれは下手なんだから。どうしようもなく下手くそなんだから。構図の不均衡のせいでとんだアホ面だし、描線に加わる力が強すぎて輪郭がぎざぎざ。誤魔化しのために付け加えたあれこれが、全部裏目に出ている。それも全部、わかってる。嗤われたって仕方ないって、雨宮が一番、わかってるんだから。
でも、頑張っただろう。一生懸命に描いただろう。側で見ていた僕だけが、そう主張できたはずだ。なのに。
「しょうがないなー。私が描き直してあげるよ」
「陽菜、絵うまいもんね」
佐山陽菜は、油性の色ペン一式を手に取りながら、皆に指示を出し始めた。
サッカー部の男子三人が連れ立って買い出しに行き、教室の隅で駄弁っていた残りの男たちも、佐山率いる女子たちに怒鳴られて、細々とした小物の制作に励み始める。当日はガラス窓に自分の教室の宣伝を張り出せるので、ダンス部の二人が窓のサイズを測って、余った段ボールをその形にカットしていく。
「ありゃ、茶色のペンが出ないや」
佐山がぼやいた。
誰かが「どうせならしゃがんで潜るトンネルみたいなの作ろうぜ」と言い出して、あーでもない、こーでもないと騒ぎ始める隣では、赤いペンキで手の平を塗って、段ボールに押し当てながら、学級委員の女子が「一人一つ手形を捺そう」と提案し、みんなが楽し気にわらわらと集まっていく。
手持無沙汰になったので、僕は教室を出た。