犯人の特徴
「マジ……か……うぇ」
真っ暗な部屋。テレビを前に男は咳き込んだ。その理由は映し出されたニュース映像。
走って帰って来た男はそのまま倒れるようにベッドの上で眠りにつき、しばらく経った後、時間を確認しようと思い電気よりも先にまずテレビをつけたのだ。
いや、知りたかったのは時間だけではない。犯人は現場に戻るというその気持ちが分かった。どうなったか知りたかった。何も、事を起こす前と世界は変わっていないのではないか。あわよくば、ずっとそのまま、何ならあれは夢であってほしかった。
だが、男は戻った。あくまで映像を見て、記憶だけではあるが。ゆえに嗚咽したのだ。自分が殺してしまったあの男。死体を思い出して。
『――の死亡が確認されました』
速報のテロップ。映像の家。アナウンサーが読み上げる住所と被害者の名前。間違いない。男が先程殺した人物だ。
動悸、目眩、吐き気。眠ったことで落ち着いた体の不調が再び現れ始めた。
「俺は……俺は悪くない……あれは事故……酒……ふざけて突き飛ばしたら……」
男はそう呟いた後、慌てて手で口を塞いだ。安いアパートだ。壁は薄い。さすがに今の呟きは聞こえはしなかっただろうが油断しない方が良い。そう、静かに、普段通り暮らしていればバレはしないはずだ。雑だが指紋は拭きとった。前科もない。被害者とも最近、飲み屋で知り合ったばかり。その繋がりも知られてはいないだろう。容疑者に上がるはずがない。
男は手で目を覆い、うぅぅと呻き声を上げる。大丈夫だ。大丈夫大丈夫大丈夫。そうブツブツと唱え続ける。
『また、周辺住民が不審な人物を目撃したということです』
「目……撃?」
見られていたのか。いや、しかしあの家を出る時には道路に人は……。庭か? それとも家の中から? だが、遠目なら心配は……。
男は自分にそう言い聞かせる。だが……。
『男性。三十代』
「う」
『黒のパーカー』
「あぅ」
『小太り』
「え、最近は……そうかな……」
『薄毛』
「くっ……いや、でもまだあるほうだし……」
『脂ぎった肌』
「ま、まあ。あの時は汗かいていたから……」
『童貞』
「は!? ちちちちがうしまあ、うんだってあれはもうほぼ……」
『AVは痴漢物が好き』
「ま、まあそれはいいだろ別に……」
『臭い。豚以下の臭い』
「え、ええ、そうなのかな……」
『品性下劣、最低人間』
「そ、そんなことなぜわかる!」
『小学生の時に好きな子のリコーダーを――』
「はい、残念! それはないでーす! はずれー!」
『舐めはしなかったものの椅子に顔を擦り付けたことあり』
「あ……も、もう過去のことだし……」
『生涯独身。これまでもこれからも愛してくれる人なし』
「未来のことを言うのはやめてくれ……」
『無職、包茎、糞漏らし、年中トイレの臭い。顔面ウーパールーパー、生きる価値無し人間の――』
「もうやめろ!」
男は涙で顔を濡らしながらテレビの電源を消した。今のは殺人による精神的ストレスが引き起こした幻覚。
男は自分をそう納得させることは思いつかず、ただテレビ局に抗議ならぬ弁解の電話を入れた。