不機嫌なフェルネット
「ガインさん。本当に行くの? 僕は引き返した方が良いと思う」
まただ。フェルネットがマリーの目を盗んでは突っかかってくる。
頬を膨らませて怒る姿は、まるで駄々を捏ねる子供のようだ。
みんなの前では笑っていても、俺の前ではずっとこの調子。
「一生避けて通る訳にも行かないだろ? それに今更キャンセル出来ねーよ」
「もう一人の聖女様は? すぐに調べて来れるけど?」
出発前にもきちんと説明をしたが、こいつは納得しなかった。
フェルネットがここまで嫌がったのは初めてだ。まいったな。
軽く息を吐くと、フェルネットの肩を軽く抑えて「落ち着け」と座らせる。
俺はこいつの目線に合わせて膝を突いた。
「遠征は引退するって。ご高齢で本人も辛そうだしな」
「でも……」
優しく諭すように話してやるが、こいつは俺をまっすぐ見つめて首を振る。
だが、マリーが逃げ回る謂れはない。悪いのはあっちの方なんだ。
いざとなったら向こうを排除すればいい。……と、俺とシドさんは思っている。
「どうした?」
「ハートさん。ガインさんが……」
フェルネットが援軍を求めてハートを見るが、ハートは色々察して肩を窄めた。
ハートも口には出さないが思う所はあるだろう。
俺だって好きで行く訳じゃない。あのリリーの近くには。
「ガインさんから聞いただろ? この間のような事件を起こさない為にも、一度恩を売って回るって」
「それは分っているけど僕が嫌なんだ」
ハートがフェルネットを説得しているが、ダメだろうな。
リリーのあの、精神的に上から押さえつける威圧感。一方的に相手を従わせ、自己中心的な考え方で人の話を聞かない所。おそらくそれが、耐えられない程の苦痛だったらしい。
上手く立ち回っていたのにな。
「石を投げた子供の処分の話は聞いただろ?」
「確かにあれは厳しい処分だったと思うよ。二度と起こしてはならない悲劇だった……」
「そうだ。マリーの為だけじゃない。あの悲劇を繰り返さない為にも、この巡礼は必要な事だと教皇様も考えている。そうガインさんから言われたろ?」
「それはそうだけど……」
フェルネットの声のトーンが落ちてくる。
頭では分かっているはずなんだ。感情が付いて行かないだけで。
通常ならすべての村や町を回って行くのが巡礼なのだが、石を投げた馬鹿のおかげで立ち寄れない場所もある。その為、大きな町に留まり近隣から人を迎えるという形に変更になった。
あの事件は神官達の怒りを爆発させ、急速に改革を進めたと、教皇様が疲れた顔で語ってくれた。
「ガインさん。今回は警護の指揮を辞退したい。代わりにテッドに任せて欲しい」
ハートがフェルネットの隣に座り、苦渋の表情で俺を見る。
突然の辞退の申し出に、フェルネットが目を丸くして俺を見た。
どういう風の吹き回しだ。
「理由を聞いても?」
ハートはたっぷり間を空けて頷くと俺から視線を逸らして下を向き、重い口をやっと開いた。
「リリーは……マリーの家族だ。いざという時、判断を間違える可能性を……どうしても捨てきれない。一瞬の迷いが、怖い」
最後は俺をまっすぐ見つめて、ハートは悔しそうに唇を噛んだ。
相当、思い悩んだ結果だろう。まさかハートが自分を疑うなんて。
「ハートさん……」
フェルネットもハートの決断の意味が分かり言葉を失っている。
俺を見ながら頷いて、ハートの肩に手を置いた。
ハートにとって、家族は特別な意味を持つ。
目の前で家族を殺されたあいつにとっては、あの我が儘娘でさえも、マリーと血の繋がった立派な家族だ。
「確かにそうだな。それも考慮に入れるべきだった。言ってくれてありがとう」
ハートがフッと息を抜く。
「テッドなら例え相手がマリーの身内でも、彼女に危害を及ぼす者には躊躇しない」
確かにな。あいつは躊躇の欠片もないが。
ずっとマリーを傍で見てきたハートの決断だ。意見を尊重すべきだな。
「教皇様からは、マリーには絶対に接触させずに放免しろと言われている。そのつもりでな」
ハートとフェルネットが黙って頷いた。
世の中には本当に腐った奴らは存在する。
それでも教皇様はどんな者にも更生のチャンスがあるという考えだ。
俺はそう思わないし、思えない。
だが、テッドを見ると、あいつを信じて育てた教皇様の気持ちも、理解は出来る。
本来なら聖女の家族は教会から金や住居を与えられ、マリーと共に大切にされるはずだった。だから今更だけど、マリーの家族に出来るだけの事をしているのだろう。
どちらにしても、マリーを泣かせる訳にはいかない。
「ハート。あいつに警護の指揮を執るのに必要な知識を叩き込め」
「はい!」
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日が暮れる頃、やっと外壁門が見えてきた。
門の上には『聖女様歓迎』の横断幕が掲げてある。
数日前に先触れを走らせて正解だったかな。
「ようこそお越し下さいました。すぐに教会まで案内させて頂きます」
待機していた白神官達がそう言うと、教会の紋章の旗を付けた俺達の馬を引いて街中を歩く。
すでに多くの見物客は教会によって整理されていた。
「聖女様ー!」「ようこそー!」「聖女様ー!」
マリーは声援に答えて笑顔を振り撒き手を振っている。
教会門広場に着くと馬を預けて、一緒に旅した一同を整列させた。
「みんなここまでよく頑張った! 引き続き気を抜くな!」
「「「「はっ」」」」
「明日からの役割分担を決める。全体指揮は俺。俺のいる部屋を指令室にする。すべての情報を俺に回せ」
「「「「はっ」」」」
「聖騎士8名は兵士と冒険者を指揮して、町と会場全体の警備をしろ」
「「「「はっ」」」」
「フェルネットは神官を指揮し、俺・警備・警護全体の情報共有に努めろ」
「はい!」
「マリーの警護の指揮はテッド。補佐にハート。サポートに聖騎士4名と神官数名。何が何でも聖女を守り抜け」
「「はい!」」
「以上! 明日は気合を入れろ!」
「「「「「おー!」」」」」
白神官から俺達の制服として、聖騎士の白い制服と色違いの灰色の制服が渡された。
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