表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/163

不機嫌なフェルネット

「ガインさん。本当に行くの? 僕は引き返した方が良いと思う」


 まただ。フェルネットがマリーの目を盗んでは突っかかってくる。

 頬を膨らませて怒る姿は、まるで駄々を捏ねる子供のようだ。


 みんなの前では笑っていても、俺の前ではずっとこの調子。


「一生避けて通る訳にも行かないだろ? それに今更キャンセル出来ねーよ」

「もう一人の聖女様は? すぐに調べて来れるけど?」


 出発前にもきちんと説明をしたが、こいつは納得しなかった。

 フェルネットがここまで嫌がったのは初めてだ。まいったな。


 軽く息を吐くと、フェルネットの肩を軽く抑えて「落ち着け」と座らせる。

 俺はこいつの目線に合わせて膝を突いた。


「遠征は引退するって。ご高齢で本人も辛そうだしな」

「でも……」


 優しく諭すように話してやるが、こいつは俺をまっすぐ見つめて首を振る。


 だが、マリーが逃げ回る(いわ)れはない。悪いのはあっちの方なんだ。

 いざとなったら向こうを排除すればいい。……と、俺とシドさんは思っている。


「どうした?」

「ハートさん。ガインさんが……」


 フェルネットが援軍を求めてハートを見るが、ハートは色々察して肩を(すぼ)めた。


 ハートも口には出さないが思う所はあるだろう。

 俺だって好きで行く訳じゃない。あのリリーの近くには。


「ガインさんから聞いただろ? この間のような事件を起こさない為にも、一度恩を売って回るって」


「それは分っているけど僕が嫌なんだ」


 ハートがフェルネットを説得しているが、ダメだろうな。


 リリーのあの、精神的に上から押さえつける威圧感。一方的に相手を従わせ、自己中心的な考え方で人の話を聞かない所。おそらくそれが、耐えられない程の苦痛だったらしい。


 上手く立ち回っていたのにな。


「石を投げた子供の処分の話は聞いただろ?」

「確かにあれは厳しい処分だったと思うよ。二度と起こしてはならない悲劇だった……」


「そうだ。マリーの為だけじゃない。あの悲劇を繰り返さない為にも、この巡礼は必要な事だと教皇様も考えている。そうガインさんから言われたろ?」


「それはそうだけど……」


 フェルネットの声のトーンが落ちてくる。

 頭では分かっているはずなんだ。感情が付いて行かないだけで。


 通常ならすべての村や町を回って行くのが巡礼なのだが、石を投げた馬鹿のおかげで立ち寄れない場所もある。その為、大きな町に(とど)まり近隣から人を迎えるという形に変更になった。


 あの事件は神官達の怒りを爆発させ、急速に改革を進めたと、教皇様が疲れた顔で語ってくれた。



「ガインさん。今回は警護の指揮を辞退したい。代わりにテッドに任せて欲しい」


 ハートがフェルネットの隣に座り、苦渋の表情で俺を見る。

 突然の辞退の申し出に、フェルネットが目を丸くして俺を見た。


 どういう風の吹き回しだ。


「理由を聞いても?」


 ハートはたっぷり間を空けて頷くと俺から視線を逸らして下を向き、重い口をやっと開いた。


「リリーは……マリーの家族だ。いざという時、判断を間違える可能性を……どうしても捨てきれない。一瞬の迷いが、怖い」


 最後は俺をまっすぐ見つめて、ハートは悔しそうに唇を噛んだ。

 相当、思い悩んだ結果だろう。まさかハートが自分を疑うなんて。


「ハートさん……」


 フェルネットもハートの決断の意味が分かり言葉を失っている。

 俺を見ながら頷いて、ハートの肩に手を置いた。


 ハートにとって、家族は特別な意味を持つ。

 目の前で家族を殺されたあいつにとっては、あの我が儘娘でさえも、マリーと血の繋がった立派な家族だ。


「確かにそうだな。それも考慮に入れるべきだった。言ってくれてありがとう」


 ハートがフッと息を抜く。


「テッドなら例え相手がマリーの身内でも、彼女に危害を及ぼす者には躊躇(ちゅうちょ)しない」


 確かにな。あいつは躊躇(ちゅうちょ)欠片(かけら)もないが。

 ずっとマリーを(かたわら)で見てきたハートの決断だ。意見を尊重すべきだな。


「教皇様からは、マリーには絶対に接触させずに放免しろと言われている。そのつもりでな」


 ハートとフェルネットが黙って頷いた。


 世の中には本当に腐った奴らは存在する。

 それでも教皇様はどんな者にも更生のチャンスがあるという考えだ。

 俺はそう思わないし、思えない。


 だが、テッドを見ると、あいつを信じて育てた教皇様の気持ちも、理解は出来る。


 本来なら聖女の家族は教会から金や住居を与えられ、マリーと共に大切にされるはずだった。だから今更だけど、マリーの家族に出来るだけの事をしているのだろう。


 どちらにしても、マリーを泣かせる訳にはいかない。


「ハート。あいつに警護の指揮を執るのに必要な知識を叩き込め」

「はい!」



 ------


 日が暮れる頃、やっと外壁門が見えてきた。

 門の上には『聖女様歓迎』の横断幕が(かかげ)げてある。


 数日前に先触れを走らせて正解だったかな。



「ようこそお越し下さいました。すぐに教会まで案内させて頂きます」


 待機していた白神官達がそう言うと、教会の紋章の旗を付けた俺達の馬を引いて街中を歩く。

 すでに多くの見物客は教会によって整理されていた。


「聖女様ー!」「ようこそー!」「聖女様ー!」


 マリーは声援に答えて笑顔を振り撒き手を振っている。


 教会門広場に着くと馬を預けて、一緒に旅した一同を整列させた。


「みんなここまでよく頑張った! 引き続き気を抜くな!」

「「「「はっ」」」」


「明日からの役割分担を決める。全体指揮は俺。俺のいる部屋を指令室にする。すべての情報を俺に回せ」

「「「「はっ」」」」


「聖騎士8名は兵士と冒険者を指揮して、町と会場全体の警備をしろ」

「「「「はっ」」」」


「フェルネットは神官を指揮し、俺・警備・警護全体の情報共有に努めろ」

「はい!」


「マリーの警護の指揮はテッド。補佐にハート。サポートに聖騎士4名と神官数名。何が何でも聖女を守り抜け」

「「はい!」」


「以上! 明日は気合を入れろ!」

「「「「「おー!」」」」」


 白神官から俺達の制服として、聖騎士の白い制服と色違いの灰色の制服が渡された。


読んでいただきありがとうございました。

ブックマーク、評価、いいね頂いた方、感謝です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
b8gg8nd6c8mu9iezk3y89oa1eknm_l3q_1cu_1xg_1p76v.jpg

3hjqeiwmi49q1knt97qv1nx9a63r_14wu_1jk_qs_6sxn.jpg
― 新着の感想 ―
[良い点] リリーを欠片も信用してないんだ〜 良く仲良くできるな~と思ってましたが、マリーの家族だから我慢できてたんですね… [気になる点] でも悪魔の暴走前提の布陣万全なら、 マリーに心の準備させ…
[気になる点] >あの事件は神官達の怒りを爆発させ、急速に改革を進めたと、教皇様が疲れた顔で語ってくれた。 ここは笑う箇所ですか?全く笑えませんが。 いえ、聖女様に石を投げた子供や大人のいる町に調…
[良い点] 1.更新ありがとうございます。  慰問先で市民達に歓迎されてよかったです。  社会には善人や弱者を食い物にしたり、踏み躙るクズがいるけどそんな中で生き抜くには「人徳、権力、知性」のうち最低…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ