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帰り道

「マリー。そろそろ野営するから起きてくれ」


 馬車の(すみ)で寝ているマリーを揺すって起こす。


 泣き疲れて寝るなんて、随分と久しぶりだ。

 前はよく、嬉しいだの、感動しただの、悔しいだの、そう言っては大泣きし疲れて寝落ちしていたな。


「す、すみません。あはは。私ったら」


 馬車から降ろしてやると、恥ずかしそうに照れて笑う。

 良かった、元気そうだ。


「いつもの事だろ?」

「あら、ガインさん? 何のことかしら?」


 すました顔で首を(かし)げるいつものマリーに、心配していたみんなが笑う。


 はははは。

 こいつ、無かった事にするつもりか。まったく。


 そのままマリーは野営の準備をし、風呂に入って夕食を取る。

 注意深く観察したが、うん。いつものマリーだな。


 ハートを見たら頷いた。よし、大丈夫そうだ。


 残る問題はこっちだな。

 俺は作り笑顔でヘラヘラ笑う青年を横目で見る。


 さて、どうしたものか。

 ハートからの報告じゃ、相当酷い現場だったらしい。


 最前線で色々目にし、初めての事が多くて戸惑ったのだろう。

 初回からテッドには過酷な体験をさせちまった。


 こいつは他人の痛みや悪意に触れても動じない。

 だから過信し現場に入れた。やっちまったな。


 せっかくマリーと行動し、人間らしい感情が芽生えて来たってのに。


 いや、だからこそ落ち込んでいるのか。

 敵ばかり作るこいつに、大切な物が出来たのは良い事なんだが……。



「少し話せるか?」

「はい」



 俺は少し歩いた先の高台へ、テッドを連れて行く。

 あぁ。今夜は星が綺麗だな。あいつもよく星を見てたっけ。


 テッドはふたりになると笑顔を消した。

 それでいいんだ。若い癖に無理すんな。


 おそらくマリーに向けた敵意が防げず、納得出来ていないのだろう。

 何が最善だったのか、自問自答をしているはずだ。


 殺す事しか頭にないこいつの視野を、もう少し広げてやらないと。

 こればっかりは、経験を積ませるしかないんだが。


「きつかったか?」


 テッドは(うつむ)き首を振る。

 まだ弱音は吐けないか。


 しばらく下を見ていたテッドが、夜空を見上げ大きく息を吸う。


「ガインさん達はどうでしたか?」


 話をそらしたな、こいつめ。


「そうだなぁ。瓦礫(がれき)の下から死体だった何かを回収したり。酷いもんだった」

「次々運ばれてくる怪我人は、ガインさん達の所からだったんですよね」 


 生存者を見つける度に一喜一憂し、感情も一緒に引きずられた。

 多くは作業仲間の知り合いで、助け出せずに息絶える者が多かったからだ。


「ああ。マリーを信じて送り出したよ」

「マリーは本当に強いですね」


 ああ、強い。

 どんなに辛くても逃げずに頑張って来た、あいつの努力の結果だな。


『私はちゃんと笑えていましたか?』


 そう言って微笑むマリーを、俺は心から尊敬した。


 冒険者の俺でも目を背けたくなるような、怪我や壊死に体の腐敗。


 我先(われさき)にと、マリーの治療を争う患者や家族達。

 痛みで絶叫する患者を前に「順番を守れ」と叫ぶ神官達との争う声。


 そんな混乱の中、理不尽な感情をぶつけられ、やりきれない思いだろう。

 それでも毅然と魔法をかけ続け、最後まで笑顔を絶やさずやり切った。


 お前は凄いな。俺の手からどんどん離れて、本当の聖女様になっちまった。


「最後のアレには驚いたな。土魔法で外壁まで直しちまうとはな」

「ははは。あそこまで行くと『聖女だから何でも出来る』と、誰もが信じて疑わなかったですよね」


 確かにな。まぁ、あのマリーの迫力に誰もが納得させられちまった、ってところかな。


 この聖女は特別なんだ、と。



「きつかったか?」



 星を見るテッドにもう一度問いかける。


「あの時、何も出来なかったんです」


 そんな自分が情けないと、テッドは項垂(うなだれ)れた。


「そんな辛そうな顔をするな。お前はよくやった」


 顔を上げ、力なく笑顔を見せるテッドには、もう少し時間が必要か。

 最近の若者は真面目過ぎるな。


 フェルネットくらい適当でも……。

 いや、あいつはあいつで適当過ぎか。


 今回は索敵酔いしながらも、ぶっ倒れるまで頑張ったけどな。

 後で褒めてやらなくては。


「納得いくまで考えろ。いつでも話を聞くからな」


 そう言って肩を叩いてやると、やっとテッドが笑顔を見せた。


 こいつの心を壊しかねないな。ヒヤヒヤする。

 帰ってシドさんと爺さんに協力を(あお)ごう。


 放って置いてもマリーは助けを求めてやってくる。アイツは、分かりやすいからな。

 反対にテッドは抱え込むタイプだ。時々ガス抜きしてやらないと。



 しかし、今回の聖女への暴言の件は()()()()苦情を入れなくては。

 ハートから報告を受けた時は、戻って殴りに行こうかと思ったわ。


 治療に行って怪我人を出すなとフェルネットに笑われたがな。

 確かにそうだ。マリーが救った命に免じて我慢しよう。


 あの後マリーから、前にあいつが断った、聖騎士や神官を手配したいと相談を受けた。

 俺もそれには賛成だ。


 ただ集団での移動は時間がかかる。

 それを踏まえても聖騎士数人の援護は欲しい。


 今回、あの子供がマリーを狙った陽動の一端なら、あの場にいた神官や怪我人を巻き込んでいただろうな。


 マリー以外の命を軽視した、俺の完全な戦略ミスだ。


 しかしそれとこれとじゃ話は別だ。


 教皇様から渡された綿毛のついた手紙の魔術具に、魔力を込めて風に飛ばした。


読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 光の適正を持って生まれてくる人はテッドのような闇落ちはしないんですかね。相当病んでますね。 突然おとずれた悲劇に無条件で救われる事を願うのは仕方ないけど他力本願、自分では何もしてないって事だ…
[一言] 被災地や難民キャンプの治療行為は本当に地獄よ トリアージをしていても我先にと押しかける。 大人子供男女若者老人全てが牙を剥く 生へしがみつきたい一心で テッド君もマリーちゃんも全ては助けて…
[良い点] 1.更新ありがとうございます。  被災地のその後が確認できましたね。聖女のキャリアとしてはビターな終わり方ですが安易なハッピーエンドにしないという英断は素晴らしいです。  テッドも教皇の息…
感想一覧
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