調査依頼
いつものようにギルドの裏手の練習場に顔を出す。
でも今日はちょっと用事があってきた。
あれ? なんだか生徒が増えてるな。
焚火の周りに集まった子供達が、楽しそうにはしゃいでいる。
「聞いたぞ、お前さん達。Dランクだって? 順調じゃないか」
笑顔の師匠が寒そうに、両手を擦り合わせながら歩いて来た。
ギルド長ってば個人情報を漏らしすぎ。
テッドさんも苦笑いしているし。
「えへへ。耳が早いですね。それを報告に来たのですよ」
「目標のCランクまでは、まだまだですけどね」
冒険者になって4か月ちょっと。
受付のお姉さんには異例のスピードだと言われたけれど、私は5歳から英才教育を受けている。テッドさんはガインさんがスカウトするくらいの人だもん。
師匠から『焦るな』と言われているけれど、もっと早くてもいい。
はやくみんなに追いつきたい。
「今後は泊りがけの依頼も受けようと思って。魔法を使って野営をしてもいいですか?」
そうなのだ。
今日は、野営の為の魔法の許可を貰いにここにやって来た。
「構わんぞ。むしろきちんと結界を張るよう指示を出すつもりだったわ」
「やったー」
テッドさんとハイタッチ。
やっぱり冬は、魔法が使えないと厳しいのですよ。
「テッドにも嬢ちゃんの野営に慣れて貰わんとな」
「はい」
テッドさんはポーカーフェイスでいるけれど、野営の経験はあるのかな?
いや、無いな。勝手なイメージだけど。
それにしてもDランクかぁ。
Dランクといえばサラリーマンくらいの年収があるので、専業で食べて行けるようになる目安なんだよね。
今まではバイト感覚だったけど……。
しっかり頑張らなくては。
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「調査依頼って調査が終わるまでは帰れないのですよね?」
「ははは。そうだね。ギルド長直々の依頼だし、出来るだけ情報を持ち帰りたいね」
山越えの通常ルート近くに大きな巣穴の目撃情報があったから、その調査なんだって。
巣穴? 怖いな。
Dランクになった初仕事でいきなり長期はちょっと不安。
こういう時でもテッドさんは動じないから羨ましい。
ギルド長に『遭遇したら逃げろ』って言われたけど、そんな危険な魔獣を通常ルートに誘導したら大惨事だよね。
別ルートで逃げるって事? てことは、退路の確認が先?
「万一の時は通常ルートと逆方向に回避ですか?」
「私も同じことを考えていたよ。退路を先に決めたいね」
「でも師匠なら、私達が考え付かないような何かを……とかぐるぐるです」
「そうだよね。それも含めて一緒に考えようよ」
テッドさんが機嫌よく微笑む。
私達は歩きながら色々と意見を出し合った。
「よく考えたらさ、万一の時はマリーが結界で魔獣を拘束出来るよね」
確かに!
「討伐するなら生態系とかも調査範囲ですね」
「そうか、そのせいで別の魔物が増える可能性も……」
辺りが暗くなったので、野営の準備を始める事にした。
結界を張り、個室やお風呂を作り出すとテッドさんが目を丸くする。
うふふ。この反応。なんだか新鮮だな。
「これが噂のマリーの野営の魔法?」
「そうです。キッチンもテーブルも椅子も作るので、テッドさんは食料の調達をお願いします。料理は一緒に作りましょう」
「分かったよ。ふふ。マリーにはいつも驚かされるよ」
テッドさんがクスクス笑いながら、楽しそうに狩りに出かけた。
「ふぅ。こんなもんかな」
個室にベッドを作成し、仁王立ちで満足する。
空間魔法で持ってきた、お皿やカトラリーにタオルや石鹸などの日用品。
テッドさんの分も揃えたし、よし! 完璧だ。
ふふふん。
「これは凄い。本当に宿屋が出来たみたいだ」
「着替えたら洗濯もするので、ここに入れてくだいね」
「ははは。凄いね。まだまだ驚くことがあったなんて。せめて料理くらいはやらせてよ」
テッドさんは「いいから、いいから」と先にお風呂を勧めてくれた。
お言葉に甘えて戻ってくると、オシャレに盛り付けられた夕食が並んでいる。
へぇ。意外。
テッドさんてセンスがいいんだ。
「凄いですね。至れり尽くせりです」
私は綺麗に並べられたカトラリーに目を落とし、ゆっくりと席に付く。
育ちが全然違う。今後はこうして並べてあげよう。
「それはこっちのセリフだよ。それに夜の見張りもいらないなんてね」
「ふふふ。フェルネットさんお墨付きの結界なので、心配いりませんよ」
「さぁ食べて、食べて」
「うふふ。いただきます」
見た目だけじゃなく、味も美味しくてびっくりした。
この人に死角はないのかな。いや、暴れ出したらやばい人だった。
お腹いっぱい食べて満足すると、私達は早めに就寝することに。
「おはようございます」
「おはよう」
昨日の残りで朝食を済まし、まだ薄暗いうちから私達は出発をする。
「寒くない? 私が出会う魔獣を書き留めて行くよ」
「すみません。私じゃよく分からなくて」
テッドさんは「任せてよ」と嬉しそう。
「想定内の魔獣しか出会わないな」
「昨日のホワイトリヨンはラッキーでしたね」
「ああ、あれはお肉が美味しいからね」
「それに、毛皮はふわふわだし」
ふふと笑うテッドさん。
昨日ベッドに敷いたので、あの肌触りを思い出しているな。
「疲れましたね」
「冷えるからこっち、こっち」
テッドさんが日向の石を指差した。
おおお。暖かそう。
ふたりで一緒に日向に座る。
ここなら暖房結界張らなくても平気そう。
「巣穴周辺をくまなく調査したけれど、結局何も見つからなかったね」
「いっそのこと、巣穴に入っちゃいます?」
「うーん。索敵出来ると安全なんだけどなぁ」
なるほどね!
「その手がありました!」
「え? 出来るの?!」
テッドさんが引き気味に驚いている。
ハートさんにスパルタで鍛えられたあの索敵魔法。
索敵酔いしながら移動した、しょっぱい日々を思い出す。
ふふふ。隣でフェルネットさんもやらされてたなぁ。
「任せてください!」
私はその場で目を瞑り、余分な情報をどんどんカットしていく。
この辺が巣穴で……植物や虫、小動物の生命反応をカットして……と。
奥にいるのは……。んん? これって蛇かな?
確実に変なのがいる。
冬だから寝てるのかな?
討伐の時は冷気で動きを鈍くすれば……。
「巣穴の奥に、大きな蛇っぽいのがいました。うわぁ」
目を開けた途端に入る光で眩暈がした。
「大丈夫? いやぁ、その年で索敵が出来るなんて。Aランクでも出来ない人が多いのに」
テッドさんが手を差し出して「信じられない」と首を振る。
え、そうなんだ。
確かにハートさんに『幼い時なら慣れが早い』と言われたけれど……。
「索敵酔いして、死にそうになっていた日々が報われました」
「やっぱりそこまでやらなきゃダメなの?」
いやいや、大人でそれは、どうなのかな?
私は首を傾げた。
「師匠に聞いた方がいいですよ。大人には大人のやり方があるかもしれませんし」
慌てて否定をすると、テッドさんは「それもそうだね」と肩をすぼめて苦笑する。
生態系も関係なさそうだし、蛇も言うほどアクティブに動いてないし、調査終了って事で私達は急いで帰る事にした。
よし、ギルド長に報告だ。
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